下山の哲学 ――高島福岡市長の背中から考える、GOOD LEADERの条件

2026.08.26

組織・人材

下山の哲学 ――高島福岡市長の背中から考える、GOOD LEADERの条件

齋藤 秀樹
株式会社アクションラーニングソリューションズ 代表取締役 一般社団法人日本チームビルディング協会 代表理事

山に登るとき、人は頂上を見る。 どこまで高く登れるか。どれほど険しい山を制することができるか。そして、山頂からどのような景色を見ることができるか。登山の物語は、多くの場合、「登ること」を中心に語られる。 しかし、山頂は終着点ではない。そこは折り返し地点でもある。登った人間には、自らの足で山を下り、次の場所へ戻っていくという、もう一つの仕事が残されている。 2026年8月、福岡市の高島宗一郎市長が、11月に行われる市長選挙に立候補しないことを表明した。そのニュースに触れながら、私は、リーダーシップにも同じことが言えるのではないかと考えていた。

登るための能力、下りるための知性

ここまで考えてくると、私は、登山と下山では必要な力が違うように思えてくる。

山を登るには、能力が必要である。意思決定力、実行力、突破力、構想力、交渉力。競争に勝ち、成果を生み、困難を越える力がなければ、高い場所には到達できない。

しかし、下山で試されるものは少し違う。

自分の成功体験を手放せるか。自分とは違う考えを認められるか。自分より若い人間が注目されることを喜べるか。自分が決めなくても物事が進むことを受け入れられるか。そして、肩書きがなくなった自分にも価値があると思えるか。

そこで問われているのは、能力というよりも、知性と成熟である。

登頂では、自分の力が試される。

下山では、自分の器が試される。

この違いは大きい。

登っているとき、人は外の世界と戦う。競争相手、困難な市場、反対勢力、困難な目標を乗り越えようとする。

しかし下山するとき、人が向き合う相手は自分自身である。

もっとやりたい。

まだできる。

まだ評価されたい。

まだ必要とされたい。

まだ自分が中心にいたい。

その自分を否定する必要はない。それも人間である。

しかし、その欲求を自覚しながらも、自分より長い時間軸で組織や社会を見ることができるか。

自分の人生より先に続いていくもののために、自分の場所を手放せるか。

ここに、リーダーとしての成熟度が現れる。

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齋藤 秀樹

株式会社アクションラーニングソリューションズ 代表取締役 一般社団法人日本チームビルディング協会 代表理事

富士通、SIベンダー等において人事・人材開発部門の担当および人材開発部門責任者、事業会社の経営企画部門、KPMGコンサルティングの人事コンサルタントを経て、人材/組織開発コンサルタント。

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