2026.07.28
日本企業を蝕む「組織OS」の正体 人を育てると言いながら、考えない人間を生み出す会社
齋藤 秀樹
株式会社アクションラーニングソリューションズ 代表取締役 一般社団法人日本チームビルディング協会 代表理事
日本企業には、優秀な人が大勢いる。 真面目で、責任感が強く、与えられた仕事を丁寧に遂行する。顧客の要求に応え、納期を守り、問題が起きれば、自分の時間を削ってでも処理する。 それなのに、会社はなかなか変わらない。 会議では、本質的な意見が出ない。新しい挑戦は掛け声だけで終わる。管理職は仕事を抱え込み、若手は指示を待つ。経営者は「人が育たない」と嘆き、社員は「何を言っても変わらない」と諦めていく。 ここには、奇妙な現実がある。
日本企業には、優秀な人が大勢いる。
真面目で、責任感が強く、与えられた仕事を丁寧に遂行する。顧客の要求に応え、納期を守り、問題が起きれば、自分の時間を削ってでも処理する。
それなのに、会社はなかなか変わらない。
会議では、本質的な意見が出ない。新しい挑戦は掛け声だけで終わる。管理職は仕事を抱え込み、若手は指示を待つ。経営者は「人が育たない」と嘆き、社員は「何を言っても変わらない」と諦めていく。
ここには、奇妙な現実がある。
一人ひとりは優秀なのに、組織になると考えなくなる。
正確には、考える力を失うのではない。考えても、それを言葉にしなくなる。違和感があっても飲み込み、上司の意向を読み、決められた範囲の仕事を正確に処理するようになる。
責任感の強い人ほど疲弊し、組織にうまく適応した人ほど、余計なことを言わなくなる。
なぜ、このようなことが起きるのか。
原因は、若者の主体性不足でも、管理職の指導力不足でもない。
組織の深層で、人の見方、仕事の意味、責任の範囲、成果の基準を決めている、見えない「組織OS」にある。
表面に現れた症状を、原因だと思っていないか
日本企業の病理は、単に昭和的な企業文化が残っていることではない。
ハラスメントでもない。
長時間労働でもない。
意思決定の遅さでもない。
管理職の能力不足でもない。
若手社員の主体性不足でもない。
これらは、組織の表面に現れた症状である。
企業は症状を改善するために、さまざまな施策を導入してきた。
管理職研修を行う。1on1を始める。心理的安全性を学ぶ。人事制度を改定する。パーパスを策定する。エンゲージメントを測る。リスキリングを進める。人的資本経営を掲げる。
しかし、新しい施策を導入しても、時間がたつと古い組織へ戻っていく。
1on1は進捗確認の場になり、心理的安全性は「優しく話すこと」に縮小される。パーパスは壁に掲げられ、現場はこれまでどおり短期数字を追う。挑戦を求めながら、失敗した人の評価は下がる。
制度が足りないのではない。
新しい制度の下で、古いOSが動き続けているのである。
根にあるのは「成果中心OS」である
日本企業を蝕んでいる組織OSの根には、次の前提がある。
組織が成果を上げるために、人間が存在する。
売上を上げる。
利益を出す。
計画を達成する。
生産性を高める。
会社を存続させる。
これらは企業にとって必要である。
問題は、必要条件だったはずの成果や存続が、いつの間にか最終目的になっていることだ。
会社が存続し、数字を達成することが目的になれば、人間はその目的を実現するための手段になる。
人は「社員」から「人材」へ変わり、やがて「人員」「要員」「工数」「戦力」として扱われる。
近年は人的資本経営が注目されている。経済産業省は、人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上につなげる経営と定義している。重要な前進である一方、運用を誤れば、人間は依然として「企業価値を高めるための資本」にとどまる。人を資源から資本へ呼び替えても、人間を手段として見る構造まで変わるとは限らない。
多くの企業は、社員を大切にしていると考えている。
福利厚生を整え、研修を用意し、健康を守り、離職を防ごうとする。
しかし、その「大切にする」が、
長く安定して成果を出してもらうために大切にする
という意味にとどまるなら、人間は依然として組織の手段である。
本来、企業は社会と人間のために存在する。
ところが、いつの間にか、社会と人間が企業の存続のために使われるようになった。
この上下の逆転こそが、日本企業を蝕む組織OSの根である。
人は「主体」から「機能」へ変換される
成果中心OSの下では、人間は意思を持つ一人の存在ではなく、役割を果たす機能として認識される。
営業担当。
製造担当。
管理職。
若手。
中堅。
次世代リーダー候補。
即戦力人材。
そこでは、その人が何を感じ、何を考え、何を実現したいのかより、割り当てられた機能を滞りなく果たせるかが優先される。
会議で問われるのは、
あなたは、この問題をどう見ているか。
ではなく、
担当として、どう処理するのか。
である。
評価で確認されるのは、
この一年で、どのような人間へ成長したか。
ではなく、
目標を何%達成したか。
である。
育成で目指されるのは、
より広い世界を見て、より大きな責任を担えるようになること。
ではなく、
現在の役割を、一人で遂行できるようになること。
である。
もちろん、役割を果たし、成果を出すことは必要だ。
しかし、それだけを求め続ければ、人は自分の意思を仕事から切り離していく。
自分はどう考えるのかではなく、会社は何を求めているのか。
何が正しいのかではなく、何をすれば叱られないのか。
社会に何を生み出すのかではなく、担当業務を終えたか。
この適応を、日本企業は長い間「社会人になること」と呼んできたのではないか。
主体性を求めながら、従順さを学習させる
日本企業では、至るところで主体性が求められている。
自律型人材。
挑戦する人材。
自ら考え、行動する社員。
次世代を担うリーダー。
しかし、社員は会社のスローガンではなく、日々の経験から組織の本音を学ぶ。
「どんどん提案してほしい」と言われて提案すると、前例やリスクを問われる。
「自分で考えろ」と言われて判断すると、「なぜ先に相談しなかった」と言われる。
「失敗を恐れるな」と言われても、失敗すれば評価や昇進に影響する。
経営者に異論を述べれば、協調性がないと見られる。担当外の問題に口を出せば、余計なことをする人として扱われる。
やがて社員は、会社が本当に求めているものを理解する。
求められているのは、純粋な主体性ではない。
主体的に見えながら、組織の期待から外れないことである。
人は愚かだから指示待ちになるのではない。
組織の中で傷つかず、評価を失わず、仕事を続けるために、考えない方が安全だと学習するのである。
正確には、考えなくなるのではない。
考えたことを外に出さなくなる。
そして組織から意見が消えた後、経営者は言う。
最近の社員は、自分で考えない。
しかし、本当に問うべきなのは社員の意欲ではない。
この会社では、自分で考えた人が本当に報われているか。
ということである。
責任感の強い管理職を使って、古い仕組みを延命する
成果中心OSの矛盾を、最も強く引き受けるのが管理職である。
上からは数字を必ず達成するよう求められる。下からは支援と育成を求められる。
顧客対応、進捗管理、評価、面談、会議、部門間調整、トラブル処理。そのうえ、自らもプレイヤーとして成果を出さなければならない。
現場を止めるわけにはいかない。
だから、自分が判断する。
自分が修正する。
自分が顧客に謝る。
自分が部下の仕事を引き取る。
その責任感によって、目の前の仕事は回る。
しかし、リーダーが仕事を引き取るほど、メンバーは考え、判断し、失敗する機会を失う。メンバーが育たないほど、リーダーはさらに仕事を抱える。
管理職は人を育てる存在ではなく、組織の不具合を自分の努力で埋める存在になっていく。
厚生労働省の2024年度能力開発基本調査では、能力開発や人材育成について「何らかの問題がある」とした事業所は79.9%に上る。一方、正社員に計画的なOJTを実施した事業所は61.1%であり、企業がOFF-JTに支出した労働者一人当たりの平均額は年間1.5万円であった。人材育成の必要性は広く認識されている。しかし、育成を支える時間、投資、仕事の構造まで十分に変わったとは言い難い。
育成には、任せる時間が必要である。
対話し、考えさせ、待つ時間が必要である。
失敗を受け止め、振り返り、次の挑戦につなげる余裕が必要である。
それを与えずに「人が育たない」と嘆く会社は、自ら育たない条件をつくりながら、結果だけを管理職に求めている。
優秀な管理職が疲弊するのは、時間管理が下手だからではない。
組織OSが、責任感のある人間の人生時間を使って、古い仕組みを延命しているからである。
組織への適応を「成長」と呼んでいる
日本企業は、人材育成に熱心である。
しかし、そこで本当に育てようとしているものは何か。
業務を覚える。
社内のルールを理解する。
上司の期待に応える。
役割を一人で果たせるようになる。
組織の中で問題なく振る舞う。
これは、能力開発ではある。
しかし、人間の成長そのものではない。
人間の成長とは、できる作業が増えることだけではない。
自分の仕事が、顧客や社会にどのような影響を与えているかを見る。目先の損得を超えて、数年後や次世代を考える。担当範囲を越え、チームや組織全体へ責任を広げる。異なる価値観と向き合い、自分が正しいと信じてきた前提さえ問い直す。
見える世界が広がり、引き受けられる責任が大きくなる。
それが、人間の成熟である。
ところが成果中心OSでは、組織にうまく適応した人ほど「成長した」と評価される。
上司の意図を正しく読み、組織のルールを守り、問題を起こさず、期待された結果を出す。
その人は、組織の中では優秀である。
しかし、その優秀さが、会社の外にある社会課題を見ようとせず、組織の前提を問い直さず、上位者の期待から出ないものであるなら、それは成熟ではない。
高度な適応である。
日本企業は、仕事を正確に処理できる人を育ててきた。
その一方で、
組織そのものを問い直し、新しい目的を掲げ、未来を創る人間を育てることには失敗してきたのではないか。
人材不足の前に、眠らせている人間を見よ
経営者は、社員が育たないと嘆く。
管理職は、部下が考えないと嘆く。
社員は、会社が変わらないと嘆く。
しかし三者とも、古いOSの被害者であると同時に、日々の選択によって、それを再生産する当事者でもある。
経営者が誰を認めるか。
管理職が失敗にどう反応するか。
社員が違和感を口にするか。
会議で誰の意見が扱われるか。
短期成果と人の成長が衝突したとき、何を優先するか。
その一つひとつの選択の中で、組織OSは今日も動いている。
日本企業を蝕んでいるのは、能力の低い社員ではない。
指示待ちの若者でもない。
古い管理職だけでもない。
変われない経営者だけでもない。
本当に蝕んでいるのは、
人は組織目的を達成するための機能である。
上が考え、下が動けばよい。
成果とは、目の前の数字を達成することである。
問題を起こさず、役割を果たす人が優秀である。
という、無意識の人間観である。
日本企業の問題は、人材不足だけではない。
すでにいる人間の知性、良心、可能性を、組織自身が眠らせていることである。
あなたの会社は、本当に人を育てているだろうか。
それとも、組織に都合よく適応する人間を育て、その適応を「成長」と呼んでいるのだろうか。
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株式会社アクションラーニングソリューションズ 代表取締役 一般社団法人日本チームビルディング協会 代表理事
富士通、SIベンダー等において人事・人材開発部門の担当および人材開発部門責任者、事業会社の経営企画部門、KPMGコンサルティングの人事コンサルタントを経て、人材/組織開発コンサルタント。
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