中世の春:ヨーロッパとイスラム圏の奇妙な協調(前編)

画像: シャルルマーニュの使者を迎えるアッラシード

2022.01.14

ライフ・ソーシャル

中世の春:ヨーロッパとイスラム圏の奇妙な協調(前編)

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/十字軍でいきなりカトリックがイスラム征伐に乗り出したわけではない。じつはむしろ、ムハンマド無くしてカール大帝無し、と言われるくらい、イスラム圏とヨーロッパは密接な関係、いや、それ以上の友好関係にあった。/

J このころは、カトリックとイスラムって、東ローマ帝国を共通の敵として、けっこう仲が良かったんですね。

アッバース帝国カリフのアッラシードは、異民族改宗者を含めて公用語をアラビア語に統一。首都バクダードに知恵の館、「バイトゥルヒクマ」という私的図書館を作って、異端として東ローマ帝国を追放されて来たキリスト教徒たちにギリシア語のヘレニズム文献を翻訳させ、各地に学校や病院を創りました。また、ペルシア人アルファザーリ親子(父?~777、子?~c806)も、バグダードでインドの数学書や天文学書を翻訳し、アラビアの数学や天文学の基礎を開きます。こうして、科学、医学、哲学、そして文芸が、帝国全土で開花。

J アッラシードは、夜な夜なバグダードの街に繰り出す優雅な王さまとして『千夜一夜物語(アラビアンナイト)』にも出きますよね。

ええ、その宮廷は華やかだったようですよ。壮麗な宮殿建築の中で、壁は世俗的な人物や植物の絵画が描かれ、ペルシア仕込みの豪奢な工芸品が溢れ、崇高なアブル・アターヒーヤや陽気なアブー・ヌワースのような詩人、多彩なイブラーヒムや甘美なジャーミのような音楽家をはべらせ、少年愛からワイン礼賛まで、なんでもありでした。

J え? 絵画とか音楽とか、まして少年愛だの、ワインだのって、イスラムじゃ厳禁だったんじゃないんですか?

イスラムに存在しないはずの王さまがいるくらいなんですから、そんなこと、気にすることはありませんよ。宗教画や宗教音楽ではないし、宗教家がなんと言おうと、帝国が広がれば、いろいろな人や物が街に溢れるのは当然。アッラシードは、友好関係にあるフランク王国のカール大帝に、シルクや香水、水時計などの最先端の珍しい財宝を贈って、驚かせたりもしています。

J そりゃ、ユーラシア大陸の端のフランク王国では、見たこともないものばかりだったでしょう。

そのフランク王のカール大帝も、ヨーロッパの中心、アーヘン市(現ドイツ・ベルギー・オランダ国境)に宮廷を構え、アルクィン(c735~804)をはじめとする修道院教育者を招聘して学校を開かせました。彼自身は字が読めませんでしたが、広大な王国の管理と教会との関係の維持のため、公用語を方言だらけのゲルマン系諸語からラテン語に統一し、字の読める官僚や聖職者を養成することが急務であると考えたからです。ここにおいて、ラテン語学はもちろん、かつての自由七科、つまり、文法、弁論、修辞、幾何、算数、天文、音楽も教えられ、十万余もの古典写本が作られて、「カロリング・ルネサンス(文芸復興)」とも呼ばれます。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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