フリーメイソンの成立事情を巡る対話:レン・ニュートン・ラムゼー

2018.01.28

開発秘話

フリーメイソンの成立事情を巡る対話:レン・ニュートン・ラムゼー

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/フリーメイソン(自営石工)のブルーロッジは、中世、さらには古代にまで遡る。だが、近代になって、各地のロッジを統括し、政治利用しようとするゼネコン連中や投資家連中が、その上にレッドロッジ(グランドロッジ)を作り、その支配権の争奪を始める。/


ラムゼーのフレンチ・ジャコバイト

「いずれにせよ、一七二〇年に株式会社ブームのバブルが崩壊して、メイソンブームも下火になってしまったんでしょ? 巨万の富を怪しげな株式に投資していたニュートンも、そうとうに損を出してしまっていたみたいだし」「それが逆なんだよ。バブル崩壊で、いよいよ身元保証が必要になって、メイソンでもなければ融資も投資も受けられないようになったんだ。くわえて、老ニュートン七九歳とその番頭デザギュリエ三八歳は、二一年、教え子で大蔵大臣だったモンタギュー卿の息子三一歳をロンドン大ロッジ総長に迎え、いかにも、メイソンが重商主義の政府と密接な関係にあるかのように装い、また、牧師アンダーソン三七歳、他十四名に教義としての憲章を作らせ、メイソンリーの格式を高めた。こうして、メイソンは、わずか五年にして、「天地創造以来の悠久の伝統と神聖な格式を持つ驚異的な」社交クラブに」

「それで、さらに他の地方ロッジも吸収したんでしょうね」「いやいや、カトリックの方だって、巻き返しを図る。ちょうどスペイン継承戦争で、ジェノバ市国のコルシカ島、スペインのサルディニア島やシチリア島が奪い合いになり、南仏西部トリノ市に神聖ローマ帝国の子分のサヴォイア公国が活躍して、最終的に一七二〇年、サヴォイア公国がサルディニア王として地中海の覇権を握った。このサヴォイア・サルディニア王は、十字軍時代の救院騎士団系のラザロ騎士団を継承管轄していて、これがカトリック側の組織拠点になった」「そりゃ騎士団と言えば、カトリックの方が本家ですからね」

「スコットランドのパン屋の息子で、ジャコバイトでカトリックのアンドリュ-・ラムゼーという三七歳の神秘主義者が、二三年、このラザロ騎士団に入り、翌二四年、ローマで教皇の下で保護されていた「王太子」チャールズ三世の家庭教師になって、ジャコバイトとカトリックの連絡係になった。そして、まず熱狂的カトリック国のアイルランドで、二五年に別の「アイルランド大ロッジ」を立てる。当然、これはカトリックのメイソンロッジだ。この後、ラムゼーは、パリ市で、モンテーニュやエルヴェシウスらが集っていた中二階クラブに出入りし、人脈を固めていく」

「中二階クラブ(クラブ・ランターソル)って、このすぐ裏のヴァンドーム広場西角七番地の? 神秘主義者が啓蒙主義者たちと交流?」「中二階クラブは、株式会社バブル後も変わらない政府の素朴な重商主義を批判して、いわば工業主義を模索していたんだ」「ただ売り買いして差額を儲けるのではなく、技術で付加価値を付けるということ?」「当時からすれば、付加価値なんて神秘主義みたいに思われていたんだろうが、それこそまさにメイソンの思想だよ」「粉から作るパン屋の生まれだから、モノの付加価値って、実感があったでしょうね」

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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