なぜ研修を内製化したのか 「なぜ、そこまで内製化にこだわったのですか。」 2014年、『人材教育』の取材でも、この質問を受けたことを覚えている。 当時、企業研修の多くは外部の研修会社へ委託することが一般的だった。
【連載】人を育てるという仕事
― 2014年の取材記事から、人材育成の本質を考える ―
第2章
なぜ研修を内製化したのか
「なぜ、そこまで内製化にこだわったのですか。」
2014年、『人材教育』の取材でも、この質問を受けたことを覚えている。
当時、企業研修の多くは外部の研修会社へ委託することが一般的だった。
専門性の高い講師。
充実した教材。
豊富なプログラム。
それらを活用することは、決して悪いことではない。
むしろ、外部の知見を取り入れることは、人材育成にとって欠かせない。
では、なぜ私は内製化を進めたのか。
その理由は、とてもシンプルだった。
「現場が見えなかったから」である。
教育担当になって間もない頃、私はある違和感を持っていた。
研修が終わるたびにアンケートが集まる。
「分かりやすかった。」
「講師の説明が良かった。」
「演習が参考になった。」
どれも悪い評価ではない。
しかし、そのアンケートを読んでいても、一つだけ分からないことがあった。
この研修は、現場の課題を本当に解決できたのだろうか。
満足度は分かる。
理解度も分かる。
しかし、「仕事が変わったか」は分からない。
そこに大きな物足りなさを感じていた。
そこで私が始めたのは、机の前でアンケートを読むことではなかった。
現場へ行くことである。
管理職の話を聞く。
受講者の話を聞く。
プロジェクトの責任者の話を聞く。
「今、何に困っていますか。」
「どんな人材が必要ですか。」
「何ができるようになれば仕事は変わりますか。」
教育担当でありながら、研修の話はほとんどしなかった。
聞いていたのは、仕事の話だった。
すると、不思議なことが起きる。
現場の人たちは、研修の要望ではなく、仕事の悩みを話し始める。
「若手が自分で考えなくなった。」
「リーダーが育たない。」
「部門間の連携がうまくいかない。」
「技術はあるが、お客様への説明が苦手だ。」
それらは、どれも研修のテーマではない。
経営課題であり、組織課題だった。
私はそこで初めて気づいた。
教育担当が考えるべきなのは、「どんな研修をやるか」ではない。
**「どんな課題を解決するか」**なのだと。
この気づきが、内製化への第一歩だった。
外部の研修会社は、優れたプログラムを持っている。
しかし、自社の現場で今何が起きているかまでは分からない。
それは当然である。
だからこそ、その間を埋める役割が必要だった。
私は、その役割を教育担当が担うべきだと考えた。
現場を知る。
課題を整理する。
必要な能力を明確にする。
その上で、研修を設計する。
必要なら外部講師の力を借りる。
必要なら社内講師を育成する。
つまり、研修を内製化することが目的ではなく、人材育成を自社で設計できる状態をつくることが目的だったのである。
人を育てるという仕事― 2014年の取材記事から、人材育成の本質を考える ―
人材育成コンサルタント、シニアインストラクター
● 人材育成、DX・IT、コンサル、マーケの経験を踏まえて、人材教育の新たなアプローチを探求中 明大法なのに齋藤孝ゼミ🤣 教免3種ホルダー イノベーション融合学会専務理事 教育研究家、モノカキの時は、「富士 翔大郎」と言います。天才トム・ショルツの「BOSTON」と「マニュアル車」「海外ドラマ」をこよなく愛する静岡県民
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