無常を追う日本的無常観

2022.07.21

ライフ・ソーシャル

無常を追う日本的無常観

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/渦中の権勢の栄枯盛衰を横目に眺め、これをむなしい「無常」と断ずる。ところが、その言葉は、まさに渦中の権勢そのものに向けて発せられ、それにマウンティングすることで、かえって自身を渦中の上に位置づけようとする試みになっている。兼好が筆を折り、世阿弥や利休が時の権力者から嫌われていくのも、この巧妙なマウンティングの企図が権力者側から読み解かれてしまったからだろう。/

西行(1118~90)は、この混迷の時代の北面武士だったが、このころより「身を捨つる人はまことに捨つるかは 捨てぬ人こそ捨つるなりけれ」(『詞花和歌集』巻十雑下)と詠い、1140年、22歳で家族を棄て、唐突に私度出家。これを鳥羽院に説明して言う、「惜しむとて惜しまれぬべきこの世かは 身を捨ててこそ身をも助けめ」(『玉葉集』18)と。つまり、もとより惜しみようもない無価値な穢土にあって、私の辞職を惜しむとおっしゃっていただいても、この穢土にながらうことこそ命を捨ててしまっているようなもの。職を辞したとて、我の生き場所を得て、院のお役にも立ちましょう、ということか。

というわけで、以後、草庵に暮らし、陸奥や四国の旅を重ねたが、高野山に寄ったくらいで、まともに仏門修行した跡が無い。それどころか、その後も頻繁に歌会に出入りし、奥州藤原氏や鎌倉の源頼朝に会うなど、実際、とにかく政治的にも生臭い。たしかに、穢土を嫌い、出家を急ぐ面持ちは、源信にも似る。ところが、西行は浄土の極楽など信じていない。「あはれあはれ この世はよしやさもあらばあれ 来む世もかくや苦しかるべき」(『山家集』710)

この「かくや苦し」とは何か。「心から心に思はせて 身を苦しむる我が身なりけり」(『山家集』1327)とあり、これは一般には「ましてまして悟る思ひはほかならじ 我が嘆きを我知るなれば」(『聞書集』1663)を介して、浄土三部経ではなく、むしろ『法華経』第19法師功徳品(ほっしくどくほん)と結びつけられる。この節は、法華経を修得すれば、三千世界の生死、美醜、善悪を心の鏡に映し出すことができるようになる、と説いている。しかし、西行においては、この心に映る千々の思いこそ、功徳明鏡どころか、むしろ地獄絵図だった。それは、盛りの花をあはれと愛でるのみの我彼の瞬間的な共時性ではなく、芽吹いて咲いて枯れ果てるまでを心に描いてしまう通時的な意識の超越過剰であり、先の白河の、我が足元に積もる「日数」と同じものである。

実際、彼は、北面武士で同僚だった平清盛の隆盛と破綻、それとともに法皇や清盛の盛衰に翻弄され苦悩した数多くの武士たちの生死を同時代的に体感してきた。それを彼は、その現実化以前に通時的に予見してしまっていた。「死出の山 越ゆる谷間はあらじかし 亡くなる人の数続きつつ」(『聞書集』1868) あのとき職を辞さなければ、彼もまたその数の中にいたことはあきらかであり、それを思うに、ことは人ごとではなかった。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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