論理実証主義:初期ウィットゲンシュタインの『論理哲学論考』

2026.03.31

ライフ・ソーシャル

論理実証主義:初期ウィットゲンシュタインの『論理哲学論考』

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/調べようともしないことを、知ることはできません。 どんなに多くのデータを収集しても、データにまだ反映されていない事実があることを認めなければ、世界を理解することはできません。私たちの知識の限界を知るには、哲学が必要です。/

「純丘先生、論理実証主義ってなあに?」

この立場は、思弁的な形而上学を否定し、科学的に検証可能な事実とその論理的推論によって人間の知識を拡大しようするものです。

「いったいどういうこと?」

ドイツ観念論の壮大な神話とは対照的に、コント(1798-1847)は私たちに提示された事実のみに基づく実証主義を提唱しました。それは産業革命に有効な科学主義へと発展しました。一方、ソシュール(1857-1913)は、ある民族の言語の共時的な全体を、その民族の文化の構造であり、思考の限界であると見なしました。

ウィトゲンシュタイン(1889-1951)は、これらの実証主義と構造主義を組み合わせ、それらをカント的な個人認識のアプリオリなメカニズムと見なしました。個人の知覚の世界は、その人が前もって持っている命題の束から成ります。自分の現実を参照することで、人は命題の真偽を判断し、他の命題の真偽も論理的に推論します。こうして、命題の束は自分の世界の写像となります。

しかし、事前に命題を持っていない出来事や、経験によっても論理的推論によっても確認できない命題については、語りえません。さらに、写像が人によって異なる以上、すべての世界観は、翻訳不能な独我論にならざるをえません。

ウィトゲンシュタインがこれらの限界について警告したにもかかわらず、彼に続く論理実証主義者たちは、彼の考えを有効な科学の基礎と考え、あらゆる種類の情報を収集しようと努力をしました。

「先生はどう思う?」

調べようともしないことを、知ることはできません。 どんなに多くのデータを収集しても、データにまだ反映されていない事実があることを認めなければ、世界を理解することはできません。私たちの知識の限界を知るには、哲学が必要です。

「よくわかったわ、ありがと!」

https://youtube.com/shorts/_fuBSoDjick

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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