いまさら『かもめのジョナサン』を読み直す

2022.10.16

ライフ・ソーシャル

いまさら『かもめのジョナサン』を読み直す

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/アンソニー・シーガルは、無意味に生きることに絶望する。だが、死ぬ前に、いちど時速200マイルで飛ぶというのを、自分自身で見てみることにした。そして、彼は2000フィートの上空から、海へ真っ逆さまに急降下する。ところが、そのとき、なにかが、もっと速く、彼の横を追い抜いていったのだ!/

きちんと読みたければ、原書が必須だ。というのも、自分で「創訳」などと言うように、邦訳者は、団塊世代のフロック(群れ)の寵児で、米国の熱狂読者と同様、そのヒーローとしての救世主物語を勝手に読み込んでしまっている。そもそも『かもめのジョナサン』などという邦題からして、どうなのだろう。「○○さん」という日本語の響きが良かったからだろうが、原題は『ジョナサン・リビングストン・シーガル』。飛行機乗りの著者バックが私淑するジョン・リビングストン(1897~1974)という、戦前の天才的エアレーサーにして、1500人もの空軍パイロットを育てた人物にちなんだ名前だ。そして、原題では「シーガル」が、より大きなファミリーネームになっている。

そもそもこれを「かもめ」と日本語にしてしまうと、肝心のニュアンスが落ちる。英語で「ガル」と言えば、騙されやすいまぬけ野郎、のこと。意訳するなら、アホウドリ、だ。食うものも食わず、ひたすら飛行訓練に明け暮れるすっ飛びバカのジョナサン。それも、うまく飛んだら、みんなにほめられる、尊敬される、などと期待していた。

ところが、生きるために飛ぶだけ、それ以外の余計なことをやるなんて、危険で無責任だ、と、親からも群れからも見放され、「ファークリフ(遙かな崖)」に追いやられてしまう。こうして、ようやく本当のジョナサンの物語が始まる。それは、徹底して「アウトキャスト」、群れから捨てられた者、の話。

しかし、ここからがすっ飛びバカのバカたる所以。フロック(群れ)から追いやられて、ファークリフで打ちひしがれるかと思いきや、ジョナサンは、もはやなんの掟にも縛られず、いよいよ自由に飛行訓練を楽しむ。その磨いた技術で、海の底の魚を捕り、陸の奥の虫を食べ、鳥目にもかかわらず夜の大洋をも渡り越え、まったく困りもしない。

ただ老いは感じていた。もう若くはない。衰えさえも自覚している。ところが、そこに「グレード・ガル」、大バカ・ファミリーの兄弟二羽が迎えに来る。表題に連記されたシーガルは、ファミリーネームなのだ。そして、彼らは「グレート・マウンテンの風」を越えて、わずかな仲間たちが切磋琢磨する海岸へと導く。

ジョナサンは、これが天国か、と思ったが、そうではない。ジョナサンはわずか数年でここに至ったものの、そこは本来はファミリー(類)として数千年をかけてたどりつくべき所。それも、ここは終着点などではなく、ここで学ぶことで、さらにまた次の世界へ旅立つべき所。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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