競争の終着点と「期待インフレ」の罠

2025.12.24

経営・マネジメント

競争の終着点と「期待インフレ」の罠

松井 拓己
サービスサイエンティスト (松井サービスコンサルティング)

品質向上や差別化の努力が、なぜ最終的に価格競争という消耗戦に陥ってしまうのか、その構造的な限界について解説してきました。競争優位は時間とともに模倣され、市場全体が横一線に収束するからです。 この消耗戦をさらに苦しくしているのが、「期待インフレ」の罠です。

多くの企業が「顧客のために期待を超えろ」というスローガンを掲げています。しかし、事業運営の視点で見ると、これは危険な側面があります。今日の感動は明日の当然となり、企業が改善すればするほど、顧客はそれを「新しい標準」として受け取ります。一度膨らんだ期待を下げるのは至難の業です

その結果、顧客満足度が高いのに利益は残らないという「自己犠牲の成功」が生まれます。顧客のために動いたはずが、結果的に顧客の期待をインフレさせてしまい、企業自身を疲弊させる罠に落ちるのです。

日本企業に欠けている「得点型」の設計図

この疲弊を避けて、努力が資産となる構造をつくるには、期待そのものを「設計」する必要があります。顧客にとって事前期待は「体験前の予想」にすぎないため、企業がそれをうまく設計できれば、顧客の事前期待を適切にガイドすることが可能です。

しかし、日本の多くの企業において、この「設計」の概念が欠けています。車や家をつくる際には必ず設計図が書かれますが、サービスには設計図が存在しない。組織図を見ても「サービス設計部」という部署すらほとんど存在していません。

存在するマニュアルや業務標準は、ほとんどが「失点」を防ぐためのものであり、高い顧客価値を生む「得点型」の設計図がないのが現状です。設計図がなければ、個人の経験やセンスに頼る属人的な対応が中心となり、再現性のある成長は見込めません。

期待を「戦略資産」に変えるマネジメント技術

優れた企業が目指すのは、短期間の満足ではなく、長期の関係性をつくる技術としての事前期待マネジメントです。これは、顧客の期待を「適切なサイズ・適切な内容」に整えた上で、価値の実感が最大化される状態をつくることです。

期待マネジメントには、「冷ます」「膨らませる」「進化する」の3つの方向があります。

1. 冷ます: 過剰な期待を落ち着かせる。

2. 膨らませる: 価値が実感できるよう過小な期待を高める。

3. 進化する: 新たな価値(真の価値)の実現のため、より良い期待を持てる状態に導く。

期待をマネジメントできない凡庸な企業は、顧客の要望を「正解」として扱い、ひたすら顧客に“合わせ続ける”顧客依存の状態に陥ります。

一方で、競争から抜け出す企業は顧客の期待を企業側が設計し、進化しています。この「期待を進化する」という行為は、顧客の意思決定の質を高めることに繋がります。その結果、顧客は「安さ」ではなく「価値」で選ぶようになり、信頼関係が築かれていきます。

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提供会社: サービスサイエンティスト (松井サービスコンサルティング)

松井 拓己

サービスサイエンティスト (松井サービスコンサルティング)

サービスサイエンティスト(サービス事業改革の専門家)として、業種を問わず数々の企業を支援。国や自治体の外部委員・アドバイザー、日本サービス大賞の選考委員、東京工業大学サービスイノベーションコース非常勤講師、サービス学会理事、サービス研究会のコーディネーター、企業の社外取締役、なども務める。              【最新刊】事前期待~リ・プロデュースから始める顧客価値の再現性と進化の設計図~【代表著書】日本の優れたサービス1―選ばれ続ける6つのポイント、日本の優れたサービス2―6つの壁を乗り越える変革力、サービスイノベーション実践論ーサービスモデルで考える7つの経営革新

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