家のカネを個人でかってに処分できる法律がおかしい:民法762条と相続を巡る問題

2022.08.31

ライフ・ソーシャル

家のカネを個人でかってに処分できる法律がおかしい:民法762条と相続を巡る問題

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/戦前の家長独裁を廃することを急ぐあまり、拙速に導入した《別産制》が根本的にまちがっていた。税制などの法体系全体からすれば、生計を共にする〈世帯〉こそが経済主体であり、その民主化という観点からすれば、その消費や処分には、その世帯としての総意が必要になる、という方が整合的だろう。/

法的には問題が無い。悪いやつらの典型的な開き直りだ。法的に問題が無いなら、そんな法の方が問題だ。家族が生活に困窮するほど、個人でかってに家の財産を処分できてしまう、などという法の不備こそ、やつらのつけ込む壺であり、早急に手直ししなければならない。

戦前はひどかった。どんなに妻が稼いでも、妻は法的には経済的「無能者」とされ、戸主家長たる夫がかってになんとでも処分できた。それゆえ、戦後において、《別産制》が採り入れられ、ようやく妻のものは妻のものとされたが、これは逆に言えば、夫のものは夫のもの。法文上、「婚姻中に自己の名で得た財産は、その特有財産とする」(民762-1)と明記されている。

しかし、これではまずい、ということで、ろくにまともな法改正もせず、婚姻中に夫婦で協力して築きあげたもの(相続などを除く)などは「共有財産」と推定される(民762-2のかなり強引な拡大解釈、得たのは夫でも、維持してきた時点で夫婦の共有となっていた、ということらしい)、という運用でごまかし続けてきた。それゆえ、この財産所属問題は、離婚で「財産分与」(民688の組合解散の類推解釈)のために実際に「推定」するまでは顕在化せず、それも、それがあらためての夫から妻への「分与」であるように、離婚以前であれば、法的には、夫単独名義である以上、夫個人がかってに第三者に処分できてしまう。

こんな問題が起きるのは、戦前の家長独裁を廃することを急ぐあまり、拙速に導入した《別産制》が根本的にまちがっていたからではないか。税制などの法体系全体からすれば、生計を共にする〈世帯〉こそが経済主体であり、夫が稼ごうと、妻が稼ごうと、それは世帯の収入であって、その民主化という観点からすれば、その消費や処分には、その世帯としての総意が必要になる、という方が整合的だろう。

そこに世帯としての総意が必要である以上、同じく世帯を共にする成員の子供や老人などにも、世帯運営に関する参与権がある。ただし、世帯財産を成員の「共有」と呼ぶのは誤解を招く。世帯財産の所有者は、あくまで世帯という法人格であり、その世帯成員は、その世帯の運営に参与しうるのみであって、成員のだれも世帯財産の部分を直接に所有しているわけではない。

そもそも、相続も、もともとが世帯財産であれば、個人から個人の「贈与」とはまったく別種のものだろう。たとえ夫が亡くなっても、妻が存命で、世帯が存続している以上、世帯財産の外部への相続など、あってはなるまい。現行法のように、夫が亡くなったら、早々に子供たちにも相続分与しなければならず、生き残った妻が元の家で暮らせなくなる、などという方がどうかしている。そして、いよいよ世帯そのものが消滅したとき、その財産が相続されるにしても、その対象は、相続人個人ではなく、その旧世帯を分け引き継ぐ世帯(子だけでなく、孫も含む)ではないのか。

もちろん、こんなことをやれば、取引や登記は著しく煩瑣になる。登記上の所有者は、世帯そのもので、その時点での世帯成員を併記しなければならない。また、たとえ実際の取引交渉を世帯のだれかがやるにしても、最終的な契約締結のつど、世帯全員の承認、ないし、その代表者に対する世帯全員の代表権承認の書類を添付しなければならない。だが、これくらい面倒なことをしないと、悪いやつらが名義上の「所有者」たったひとりだけをうまく騙して、世帯の全員をいきなり地獄に落とす、なんていう悪行は止められないのではないか。煩瑣であればこそ、止められるトラブルもあるのではないか。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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