デール・カーネギー『道は開ける』をいま読む

2021.10.20

ライフ・ソーシャル

デール・カーネギー『道は開ける』をいま読む

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/戦中世代がPTSDによって戦前戦後の恐怖に精神的に強迫され続けたのとは方向が逆ではあるが、いまの我々もまた、戦後コロナ前の繁栄の期待に心を支配され続けている。コロナさえ収束すれば、あの賑わいと活気に溢れた「現代」の大衆社会が復活する、とかってに信じている。しかし、それももまた、一種の強迫観念であり、同じ worrying だ。/

自己啓発書の需要

 今年度はゼミで自己啓発書の古典の輪読をしている。それにしても、いつから「自己啓発」というものが、これほどうさんくさくなってしまったのだろうか。古代、プラトンの時代から、近世のモンテーニュやデカルトなど、哲学はみな自己啓発だった。米国でも、そして日本でも、スマイルズ『自助論』(1859、中村正直『西国立志伝』1871)は、大ベストセラー。福沢諭吉の『学問のすすめ』(1872~76)は、典型的な自己啓発書。

 ちかごろ、どこでも安易に大学まで、実学、実学、と言って、結局は、古い業界慣習の話ばかり。みな、いまどうすれば儲かるか、カネのことしか考えていない。江戸時代の寺子屋ですら『論語』などで教えた生き方については、もはや、自由、自由で、墜ちていくのも自己責任。とはいえ、連中になにか言っても、余計なお世話と聞く耳は持たず、それどころか逆ギレして絡んでくる。

 しかし、宗教支配の中世から絶対王政の近世、資本主義と産業革命の近代を経て、いまや大衆社会の現代さえ終わるというほどの、文明の大転換期に、いまの商売、いまの常識が通用するのだろうか。理系にしても、文系にしても、もっと根本的な革新の探究だけが、次の時代に道を開くのではないか。

 スマイルズの『自助論』や福沢諭吉の『学問のすすめ』など、自己啓発書は、まさに文明の大転換期に現われた。絶対王政の近世が混迷し、産業革命と資本主義の近代を模索する中、だれも教えてくれない道を、本を頼りに切り拓こうとした人々に読まれた。そして、それは、各国の広大な「フロンティア」に、鉄鋼王や鉄道王と呼ばれるような政商タイクーンたちを生み出した。

 だが、二十世紀になるころには早くも国内支配が固まってしまい、もはやなにもかも飽和状態。デール・カーネギー(1888~1955)は、そんな時代に貧乏農場で生まれ、朝の三時に起きて家畜たちの世話をして高校に通った。教師になろうと、かろうじてミズーリ州立教育大学を出るも、就職に失敗。それで、自分で乗ったことも無いトラックの販売営業の仕事。ゴキブリだらけの安アパートに暮らし、ゴキブリだらけの安食堂で腹を満たす毎日。彼にあったのは、疲労と孤独と絶望だけ。

 24歳のとき、一念発起して、再び教師の道をめざし、どうにかマンハッタンYMCA(青年クリスチャン会)で話し方講座を開く。とはいえ、こんな講座を受講しても、なんの資格が得られるわけでもない。しかし、それだけに、わざわざそこに集った人々は、意欲に溢れていた。そして、やがてカーネギーは、彼らが求めているのは、話し方そのものではなく、うまく話せるようになることで、生活を改善したい、仕事で成功したい、という夢の実現だ、と気づく。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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