デール・カーネギー『道は開ける』をいま読む

2021.10.20

ライフ・ソーシャル

デール・カーネギー『道は開ける』をいま読む

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/戦中世代がPTSDによって戦前戦後の恐怖に精神的に強迫され続けたのとは方向が逆ではあるが、いまの我々もまた、戦後コロナ前の繁栄の期待に心を支配され続けている。コロナさえ収束すれば、あの賑わいと活気に溢れた「現代」の大衆社会が復活する、とかってに信じている。しかし、それももまた、一種の強迫観念であり、同じ worrying だ。/

 かといって、カーネギーは、その日暮らしを勧めるわけではない。彼は、言わば心配から思案を区別する。しかし、それは、ただ頭の中で思いを巡らすのではなく、むしろ行動そのもの。すなわち、事実を収集し、わからないことをふまえて最悪の事態とその発生の確率(平均値)を予想算定し、その負の期待値を最小にするために自分ができることを実行して、その最小化した損害は早々に受け入れる覚悟を決め、それ以上はもう心配しない。カーネギーは名前を挙げていないが、これは、この本の数年前に発表されたノイマン&モルゲンシュテルンの『ゲーム理論と経済行動』(1944)に出てくるミニマックス戦略(カーネギーの言い方だとストップ・ロス・オーダー)にほかならない。

 ここから、カーネギーは、この思案行動こそが living であり、毎日をきちんと living していれば、worrying などしているヒマは無い、と言う。つまり、living こそが、worrying を解消する方法、ということになる。いささか強引だが、これは、一種の認知行動療法の先取りとも思える。第一部第三章にあるように、カーネギーに言わせれば、worrying は、思いのほか莫大な健康コストがかかっているのであり、意味も無く worrying して、みずから命を削ることはない、とされる。


人は考えている者になる

 ここまでが彼の理論の概要で、worrying を止める、という否定的方法であったのに対し、第四部では、カーネギーは、積極的に、それなら、どうすれば平和や幸福が得られるか、を、七つの章で論じる。その最初の第十二章の「指針」では、その人はその人が考えている者になる、というテーゼが掲げられる。これは、自己啓発の先駆者、ジェームズ・アレンの『原因と結果の法則(人は考えているようになる)』(1903)で提起されたもので、カーネギーに先行するナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』(1937)でも強調されているもの。

 しかし、このテーゼは、スピリチュアルでオカルトめいた引き寄せ論と混同されるべきではない。不幸しか考えないひとは、不幸しか見えず、不幸を大事に思って、いよいよ心配を深め、出口を失う。これに対し、つねに理想を思う人は、その実現のチャンスを求めて、広く目を配っており、それがあったときには逃さず捉えて、現実化することができる。ある意味、あまりに当たり前な王道。

 ここから、二、復讐なんて面倒、三、人に期待するな、四、無いものねだりではなく、いま手にあるものを存分に使え、五、猿まねより自己発見、六、不幸さえも素材として生かせ、七、人を幸せにする幸せを知ろう、というような残りの六つの方法が出てくる。つまり、この第四部は、見出しだけ見ると、ばらばらの話の寄せ集めのように思えるが、じつは、第12章の「指針」を中心に、むしろ緊密なひとまとめになっている。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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