夢と眠り、現実に目覚める:『ノッティングヒルの恋人』(1999)

2021.05.03

ライフ・ソーシャル

夢と眠り、現実に目覚める:『ノッティングヒルの恋人』(1999)

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/相手が去っても、愛は残る。平穏無事とは名ばかりの空虚な一生よりも、たとえいつか彼女が去ってしまうとしても、人生のすべてを賭けて、泣いたり、笑ったり、幸せな思い出がつまったリアルな人生を選ぶ。それがウィルの新たな決断。/

リアルなラブコメディ?

 もう二〇年にもなるが、いまでも人気だ。小さな街の書店主が世界的大女優と恋に落ちる、なんていう、わかりやすい逆シンデレラ・ストーリー。しかし、それ、ほんとうだろうか。この物語、じつはかなり凝った、高尚なしかけになっている。

 まず驚かされるのが、リアリティ。ふつう映画なんて、あちこちのロケ地の風景を寄せ集めて架空の街を捏ち上げるものだが、原題が『Notting Hill』と、地名のままなだけあって、舞台が実在の街角で、その位置関係まで正確に物語の中に持ち込まれている。最後に、潰れたトニーのレストランからホテル・リッツへ行くのに、街の混雑を避けようと西側の高級住宅地を車で走り抜けるのだが、その道順まで、実際の現地状況に合わせられている。

 それで、この作品ができてもう20年以上にもなるのに、いまでも世界中から「巡礼」が絶えない。そこに行けば、ウィルとアナ、そしてその友人たちがいまでも暮らしているような夢が楽しめる。

 これがロンドンの地図。右(東)の方が下町。これに対して、左(西)の方が高級住宅街。そこにノッティングヒルはある。日本で言えば、渋谷代官山か神戸山の手。区画の住人だけで共有する内庭のプライベートパークを持つような、アッパーミドルクラス(貴族ではないが、政府や企業の上級管理職)が住む街。ホテルでも、取材でも、けっして邪険にされないのは、彼らの上品な英語の話し方がその特別な階級を象徴しているから。

 とくに興味深いのが、主人公ウィルの青いドアの家。撮影はセットを使ったにもかかわらず、実在を想定した場所に合わせて、構造がえらくややこしい。欧州の街並みの家屋は、商店街の発展とともにに、一階を店舗として、二階以上を住居として貸し出すようになることが多いが、上部に水回り設備が無く、それを増築しなければならない。それが、この青いドアの家の場合、中庭(家畜小屋)への通用門だったところの奥(北向き)に、中二階としてダイニングキッチン、中三階としてバスルームが、そして、その上に屋上テラスが作られている。しかし、階段は本来の西側の家の中にあり、二階が書斎(南北に窓)、屋根裏三階がウィルの寝室(南向き道路側)と同居人の寝室(北向き中庭側、登場せず)になっている。

(この作品の脚本を書いたリチャード・カーティスが実際にこの青いドアの家に住んでいた、というエピソードは嘘くさい。というのも、現地の青いドアの向こうは中庭のままで、増築の建物は無い。)

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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