『スイス・アーミー・マン』:引きこもりから見た世界

画像: 映画のラストシーンから引用

2019.06.08

ライフ・ソーシャル

『スイス・アーミー・マン』:引きこもりから見た世界

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/アーミーナイフのように何にでも役立つ死体とともに森から生還する青年の物語。とにかく下品で悪趣味。おまけに、わけがわからない。だが、妙な説得力がある。それで、じわじわと話題になっている。これは、じつは、引きこもりから見た世界だ。/

アーミーナイフのように何にでも役立つ死体とともに森から生還する青年の物語。とにかく下品で悪趣味。おまけに、わけがわからない。だが、妙な説得力がある。それで、じわじわと話題になっている。見えるものにとらわれると、見るべきものが見えない。『去年、マリエンバートで』(1961)や『マルホランド・ドライブ』(2001)などと並ぶ怪作として、映画史に残るだろう。これは、じつは、引きこもりから見た世界だ。

表向きの物語では、ハンクという青年が船の難破で無人島に流され、あまりの孤独に苛まれ自殺しようとしているところに、人が流れ着く。だが、残念ながら、すでに死んでいた。ところが、屁を噴射。ハンクは、この死体に乗って海を渡り、故郷への生還を試みる。

このひどい設定だけで、試写会の席を立つ人が続出。この先は、もっとひどい。ようやく海岸に着いたものの、そこから先は道も無い森。ところが、ここでもこの死体はやたら役に立つ。口から水を出し、銃のように獲物を撃ち落とし、木を切り倒すのにも使える。おまけに、死体のくせに、話相手までし始めた。

古雑誌の水着の写真を見た死体は、なんと、そのチンポで人里の方向を指し示す。そこで、ハンクは、この死体に自分の故郷まで導かせようと、森の中のゴミや廃物を掻き集め、女装までして、その様子を死体に教え込む。映画館、バス、そして、サラ。ハンクの計略どおり、死体は、サラに会ってみたい、と言い出し、大冒険の末、ついにはサラの家へ。

しかし、ここまですべて、ハンクの語る物語。森だの、海岸だの、無人島だの、じつは、サラの家の裏、歩いてすぐのところだった。そこに築かれていた気味の悪いガタクタの町と人形たち。それを見て、サラや父親、マスコミは驚愕し、警察もハンクを死体暮らしの変質者として逮捕。一方、死体は、屁を噴射し、再び海の彼方へ。

この物語、全体で四つのパートがある。最初、ハンクのミッションは、故郷へ帰ることであり、そのために死体を利用する。ところが、死体が話相手になったあたりから、ミッションが、この死体を担いで故郷へ連れて行ってやることに変わっている。そして、不条理な現実そのものともいうべきクマの襲撃を受け、ハンクが初めてリアルな血を流してからは、死体の方がハンクを担いで、サラの家まで連れて行く。ここで死体はついに動かなくなったが、これを処分するということになると、ハンクは死体を奪って再び森へ。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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