​自動車交渉ではなく関税受入れの覚悟を

2025.07.02

営業・マーケティング

​自動車交渉ではなく関税受入れの覚悟を

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/米国の自動車産業を壊滅させるまで売り込む、というのは、常軌を逸している。先方から見れば、これは経済侵略で、米国政府が激怒して当然だ。/

学期末が近づいてくると、ふだん見ない学生がやってきて、御相談が、などと言う。まあ、ようするに、出席が足らないが、レポートかなにかに振り替えて、なんとかしてくれ、という、ただのお願いだ。だが、いまは学則とシラバスで、あらかじめかっちりと単位条件が規定されている。特定の学生にだけ、学則にもシラバスにも無い特別条件を後から個人的に追加することなどできない。つまり、相談の余地など無い。

第二次大戦から30年も過ぎていたのに、米国はずっと「戦勝国」のつもりで、栄光のフィフティーズを謳歌してきた。ガソリンをばかすか喰う、ボートのようなばかでかい車。それが1973年の石油危機で、状況が一変。そこに日本の小型低燃費車が入り込んだ。

そして、あれから、もう50年だ。自動車は、乗用車でも3万点の部品からなり、鉄鋼から組立まで、国家の産業の基幹となる。それが米国において低迷したことが、中西部ラスタベルトの衰退を招き、貧富差を拡大させ、いまや内戦の危機にさえ及んでいる。それで、もう数十年も前から、いいかげんにしてくれ、と言っているのに、日本は、そこに安価で良質な車を売り込み続けた。米国民が求めているのだから、いいじゃないか、と言って。

パートナーシップ、と言うのなら、相手国が嫌がっていることをやるべきではなかった。フェンタニルでもあるまいに、いくら米国民が求めているとしても、それは売るべきものではなかった。一時的なバックアップとして、大型車から小型車へ転換する間をサポートするだけならともかく、その後も何十年にもわたって、米国の自動車産業を壊滅させるまで売り込む、というのは、常軌を逸している。先方から見れば、これは経済侵略で、米国政府が激怒して当然だ。

いくら儲かっても、やるべきことではなかった。日本企業がそれをやろうとしても、米国に言われる前に、日本政府が自分で制止すべきだった。なのに、この場に及んでもなお、交渉だと。そんな話が通るわけがない。農業その他の産業までリスクにさらして、政府が自動車産業を優先しても、実際のところ、対米としては、いや、世界で見ても、日本の自動車産業は、もう伸びしろがない。おそらく中国その他のアジア諸国が、もっと安価で良質な自動車を提供してくることはまちがいない。

つまり、いまさら日本政府が自動車問題の交渉に政治コストをかけても、ペイしない。同じコストをかけるなら、日本が対米自動車輸出を基幹としてきたような産業構造そのものの転換を図るべきだろう。といっても、少子化対策同様、いまさら手遅れな感じはするが。いずれにせよ、いくら交渉してもムダだ。もう、あきらめろ。


純丘曜彰(すみおかてるあき)大阪芸術大学教授(哲学)/美術博士(東京藝術大学)、東京大学卒(インター&文学部哲学科)、元ドイツマインツ大学客員教授(メディア学)、元東海大学総合経営学部准教授、元テレビ朝日報道局ブレーン。


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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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