江戸時代の庶民文化と社会対流

2020.08.27

ライフ・ソーシャル

江戸時代の庶民文化と社会対流

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

​/江戸時代、日本は驚くべき文化大国だった。いわゆる「鎖国」下で、天下泰平を享受して独自の文化を醸成し、武家、商家から庶民まで、男女を問わず、それぞれに芸事を嗜んだ。それは、硬直した身分制に対して、価値転倒的な気風を含み、実際、それは身分を超えた社会対流を可能にした。/

西鶴他による浮世草子『万の文反古』(1696)巻二「縁付前の娘自慢」にも次のように記されている。「なんの町人の要らざる琴小舞踊までを習わせ、カブキ者のように御仕立て、わけもなきことに存じ候。我々連れが娘は、さながら下戸働きこそさせまじ。似合いたる手業、真綿つませ、糸屑なりともひねらせ置けば、見分けは良くて、世帯のためになり申し候。」

また、よく引用されるものとして、式亭三馬『浮世風呂』(1809~13)第三編上ノ16(国文学研究資料館200015779, 190/348)の一節がある。

「わたしのおっかさんはきついから、むしょうとお叱りだよ。まぁ、お聴きな。朝むっくり起ると、手習のお師さんへ行ってお座を出してきて、それから三味線のお師さんのところへ朝稽古にまいってね、うちへ帰って朝まんまを食べて、踊りの稽古からお手習へ回って、お八つに下ってから、湯へ行ってまいると、すぐにお琴の御師匠さんへ行って、それから帰って三味線や踊りのおさらいさ。そのうちにちいっとばかり遊んでね、日が暮れるとまた琴のおさらいさ。それだから、さっぱり遊ぶヒマがないから、いやでいやでならないわな。

わたしのおとっさんは、いっそかわいがって、気がよいからね。おっかさんが、さらえ、さらえ、と、お言いだと、なんのそんなやかましくいうことはない、あれが気ままにしておいても、どうやらここうやら覚えるから、うっちゃっておくがいい、御奉公に出るための稽古だから、ちっとばかし覚えればいい、と、お言いだからね。

おっかさんは、きついからね。なに、稽古するくらいなら、身に染みて覚えねえじゃ役に立ちません、女の子は、私のうけ取りだから、おまえさんはお構いなさいますな。あれが大きくなったとき、後悔とやらをいたします。おまえさんが、そんなことをおっしゃるから、あれが私を馬鹿にして、言うことを聞きません、なんのかのと、お言いだよ。

そしてね、おっかさんは幼い時から無筆とやらでね、字はさっぱりお知りでないわな。あのね、山だの海だのとある所の遠くの方でお産れだから、お三味線やなにやかもお知りでないのさ。それだから、せめてあれには芸を仕込まねえじゃなりません、と、おっかさん一人でじゃじゃばっておいでだよ。ああ、ほんとうに。」

喜田川守貞『守貞漫稿』(1853)第23編「音曲」(国立国会図書館000007325546)にも、同様のことが記されている。「守貞曰く、女子三絃浄瑠璃をもっぱらと習うこと、すでに百余年前よりの習風なり。今世ますますこの風にて、女子は七、八歳より学ぶ。母親はとくに身心を労して師家に遣る。江戸はとくに小民の子といいえども、かならず一芸を熟せしめ、それをもって武家に仕えざれば良縁を結ぶに難し。」

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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