古代ローマの欺瞞とイエスの理想

画像: photo AC: RRICE さん

2017.06.28

ライフ・ソーシャル

古代ローマの欺瞞とイエスの理想

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/古代ローマはきれいごとの一方、裏はドロドロ。他人との関わりを断つ懐疑主義、快楽主義、禁欲主義がはやった。まして、当時、選民かぶれのユダヤは憤懣と隠謀と混乱が渦巻いていた。その地でヨハネの後に現れたイエスは、むしろ神のしもべとして人を救うために働くことを教えた。その意味をパウロが理解したとき、彼はイエスこそが神だと確信した。/


イエスの教え

 イエスの教えは、山上の垂訓にまとめられている。その要点は、福音の逆説、律法の精神、神人の類比の三つ。すなわち、神が人を救うように、あなたが人を救いなさい。ただ書かれた律法を守るだけでなく、律法を与えた神の思し召しを理解しなさい。そして、いま不幸な人々こそ、これから神とともにあって幸せになることができる。

 当時、イエスのそばに使えていた使徒たちも、この思想の意味を理解できなかった。しかし、学識高いパウロは、イエス一派の残党狩りをしているうちに、気付いた。これはもはやユダヤ教ではない、イエスこそが神だ、と。これまで、宗教と言えば、みな神にすがって、我欲を満たそうとするものだった。ところが、イエスの教えは、不幸な自分はもう救いがきまっている、だから、人を救え、というもの。

 たとえば、一人暮らしを始めたばかりのきみがカゼをひく。深夜なのに、熱が出て、咳が出て、眠れもしない。薬でもあればいいが、あいにく買い置きも切らしている。へたをすれば、このまま死んでしまうんではないか、と思ったそのとき、コン、コン、と小さなノックの音がする。耳鳴りか、とも思ったが、また聞こえる。はーい、だれですか。あー、遅い時間、ごめん、隣の山田だけど。あ、いま開けます。なんかずっと咳が聞こえてるからさ。すみません、もう静かにします。いや、そうじゃなくて、なんかひどそうだね、薬、飲んだ? いえ、ちょうど切らしていて。あーそうかぁ、ちょっと待ってな、市販のだったら、うちにあるから。え? ま、とにかく薬を飲んで、寝るのがいちばんだよ。

 翌朝、御礼に行く。でも、いない。その後もなんどか様子をうかがうが、いつもすれ違い。そうこうしているうちに、いつの間にか引っ越してしまったらしい。あんな世話になりながら、自分は御礼も言えなかった。なんておれは不義理なやつだ、と夜遅くまで気に病んでいたら、隣から咳が聞こえる。居ても立ってもいられず、きみは薬箱からカゼ薬を取り出し、廊下に出てドアをノックする。おーい、だいじょうぶか?

 人が神のしもべとなって、神の思し召しを実行するなら、そこに神の御手は現実のものとなる。そして、その救われた人が、また人を救う。神がいるか、いないか、など、問題では無い。神のしもべがいれば、その主である神もまた、そこにともにある。こうして、その救いは広がり、我々は神の到来を目の当たりにすることになる。言わば、救済のネズミ講。その最初の種銭をイエスは無償で我々に与えた。だから、パウロにしてみれば、イエスこそが神。

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純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学 哲学教授

我、何を為すや。忙しさに追われ、自分を見失いがちな日々の中で、先哲古典の言を踏まえ、仕事の生活とは何か、多面的に考察していく思索集。ビジネスニュースとしてシェアメディア INSIGHT NOW! に連載され、livedoor や goo などからもネット配信された珠玉の哲学エッセイを一冊に凝縮。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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