PostgreSQLなら、高瀬にきけ!

2012.03.26

開発秘話

PostgreSQLなら、高瀬にきけ!

喜田 真弓

ワーク・ライフ・バランスは自分自身で仕事と生活のバランスを図るだけでなく、結婚や子育てなど、人生の各段階でその配分を変えられる柔軟さなくしてその実現は容易ではない。しかしもし自分の環境変化にあわせて同じ会社内での異動が可能であるなら、たとえ組織の中で働いていたとしてもそれは十分可能であろう。

高瀬洋子は、入社以来アシストでOracleのサポートを担当し、3年目に結婚、5年目に第1子出産のために産休と育休をとった。その後、再びサポートセンターへ復帰し、復帰後は、日本オラクル社のサポートセンターへ出向し、日本オラクル社内の技術情報を活用しながら、アシストのお客様からの問い合わせのバックサポートを行うという仕事に従事。

「そうしているうちに再び第2子を授かり、出産、育児休暇をとらせていただきました。2度目の復帰後は、サポートではなく当時のデータベース事業部の営業推進部に異動となり、セミナーの企画や運営、社内外Webの運用に携わりました」と高瀬は振り返る。

入社以来担当してきたサポート業務は、お客様がアシストの製品を利用する上での技術的な問い合わせに対応するというものだったが、この営業推進部の仕事は、お客様のITにおける課題解決のために、どのような提案をすべきかを考える仕事だった。

「営業推進におけるお客様との接点はサポート業務とは違いますし、改めて学ぶことも多くありました。小さい子どもが二人いますので、最初のうちは時間も限られ、チームメンバーに支えてもらいながら何とか業務を遂行していました。ですから自分自身が納得できる状況ではなかったのですが、子どもの手が徐々にかからなくなり、少し時間に余裕ができてきた頃から、もう一度技術をやりたいと思うようになりました」

営業推進部で5年ほど仕事を続けた後、高瀬は思い切ってデータベース事業部の技術のトップである岸和田隆に技術に移りたいと相談をする。アシストには「自由異動の原則」があり、社員が自由意志で、希望する職務/分野/地域を求めて、異動先に直接、異動希望を出すことができる。そのためには受け入れ部門の部門長の承認が必要だからだ。

 相談を受けた岸和田はこう語る。
「サポートセンター時代の高瀬さんを知っており、技術力と仕事に対する姿勢を信頼していました。本人に技術職でがんばりたいという意志があれば、新しいプロダクトの立上げというミッションでしたが、うまくやっていけると思いました。」

こうして希望がかない、高瀬は2009年初め、データベース事業部技術部へ異動した。

「仕事をやるからには中途半端にしたくない、お客様に迷惑をかけることはしたくない、という思いは強くありましたので、育児休暇から復帰してすぐに技術職につくことは私の場合不可能だったと思います。ただ、自分が納得できるまでやりたい、周りの人にも認めてもらえるような仕事をしたい、という気持ちがずっとありました。ある意味自分は完璧主義なのだと思います。営業推進の仕事をしていて時間的に余裕ができるようになると、常々自分の強みを持ちたい、と思っていたので、“これは高瀬に聞けば分かる”、と誰からも言って貰えるようなそんな仕事をしたいと思うようになりました。それにはどうしても、もう一度技術をやりたかったのです」

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