第22講 人々の自由と女性の地位①

2026.04.09

ライフ・ソーシャル

第22講 人々の自由と女性の地位①

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/哲学は、もともと語るものではなく、生き方そのものです。だから、彼らの歴史上の生き方を見れば、彼らの思想もわかりますよ。とくに記録にない女性たちの人生を理解するには、実際の歴史から学ぶことが大切です。/

22.04. 中世封建制:9-16C

 当時、ヨーロッパは暗い森に覆われ、盗賊が跋扈し、九世紀になると、北欧ヴァイキングも略奪を始めました。修道院は、武装騎士、聖職者、そして保護を必要とする農民たちが住んでおり、領主たちは積極的に人々を集め、森の開拓を推めました。カトリック教会の司教たちも、かつてのローマ都市を発展させました。こうして、ヨーロッパは、複雑なモザイク状の領邦になりました。

「修道院や教会は、アルプス以北の開拓拠点になったんだな」

 十字軍は商業を大きく拡大し、商人たちは、交通の要衝に都市を築き、十字軍の武装騎士団と国際貿易や金融取引を行いました。近隣の司教や領主の干渉を拒否し、皇帝の勅許を得て、それらは、自治権を持つ「自由都市」になりました。同じころ、修道院から独立した大家族が農村に現れ、主婦たちが家事全般を仕切るようになりました。彼女たちは、自分たちの農地の資源を使って、紡績、製粉、醸造などの小規模な家内工業も営みました。

「ああ、ようやくフリーダムがが手に入った」

 でも、それは名ばかりでした。十字軍遠征や長距離交易に出向く際に、男たちは、同性愛者の騎士団を模倣した男だけの「ギルド」を組織し、領主たちをも巻き込んで、地域全体にネットワークを広げていきました。キッチュなマッチョイズム(男性主義)のもと、彼らは貴婦人を守護すべき女神として崇拝しました。実際、貴婦人の寵愛は、彼らに特権的な商取引の機会をもたらし、貴族の娘と結婚すれば、莫大な富を得ることもできました。こうして、メディチ家やフッガー家といった名門商人一族は、都市貴族となり、庶民を支配するようになりまし。それでもなお、多くの農奴や職人は、自由を求めて都市へと逃れました。一年以上身を隠し通せば、かれらは封建的な束縛から解放されたからです。しかし、自由都市でも、彼らは都市貴族の労働者として生きていくしかありませんでした。

「ルネサンスの輝かしい芸術家たちも、結局はパトロンの犬だったからね」

 十字軍の失敗、都市の発展、ペストの蔓延、そして教会の衰退は、ルネサンスとともに人々に大きなフリーダムをもたらしました。しかし同時に、女は官能的であっても知性的ではない、というプラトン的な女性蔑視も復活しました。カトリック教会は、信仰を強固にするために、風変わりな女性たちを魔女として火刑に処しました。さもなければ、精神異常者として、監獄や、ロンドンのベドラムのような特別な施設に収容されました。ローマの権威から人々を解放した酒浸りのルター(1483-1546)は、元修道女の妻に支配されていましたが、カルヴァン(1509-64)は、フィレンツェのサヴォナローラ(1452-98)と同様に、純粋な信仰を求めました。彼の信奉者たちは、仕事の成功こそが救済の証だ、と信じていました。逆に、カネを稼げない人々、貧民、病人、さらには主婦さえも、人間として敗者であり、神から見放された者、とみなしました。

「プロテスタントが、近代のマッチョイズム(男性主義)の起源だな」

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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