ミロス・フォアマン『アマデウス』を読み解く

2018.05.12

ライフ・ソーシャル

ミロス・フォアマン『アマデウス』を読み解く

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/天才に嫉妬した凡人、それどころか、神に愛された天才を引きずり倒した凡人の頂点、ということか。だが、このセリフも、あの信頼すべからざる偽悪家のサリエリが言ったとなると、真に受けるのはどうか。守護聖人は、神ではない。むしろ災厄において神へ取りなす者だ。つまり、ザラストロのような、人を神に繋ぐ者を言う。/


『アマデウス』の構成

ここにおいて、サリエリは、最初、モーツァルトの新妻コンスタンツェを足がかりにしようとする。物語の流れとしては、自分の憧れの女優にモーツァルトが手を出したことに対する報復のようにサリエリによって語られるが、夫の仕事を求めてコンスタンツェがモーツァルトの生原稿を持ってきたことの方が主眼であり、したがって、サリエリの求めに応じてコンスタンツェが夜に訪れたにもかかわらず、サリエリは彼女を追い返してしまう。これは、自分の関心が、人間モーツァルトではなく、その天才であることをサリエリが自覚したターニングポイントになっている。これが第一部。

この話の全体がサリエリの語りであるはずであるにもかかわらず、第二部は、奇妙なことに、サリエリが知りえないモーツァルトとその父との関係に割かれている。この矛盾を解決するために、サリエリが匿名でスパイとなるメイドをモーツァルトの家に送り込んだ、という設定が用いられてはいるが、実際は、メイドを送り込む前からのモーツァルトの様子が観客に示されており、信用すべからざる語り手という枠組構造を曖昧にしてしまっている。

いずれにせよ、この第二部で、モーツァルトにとっての父の存在の大きさ、そして、その死が描かれ、第三部においては、これを知ったサリエリが、妻のコンスタンツェではなく、その亡き父に取って代わることによって、モーツァルトの心の中まで踏み込むことを企図することになる。モーツァルトの音楽、その創造性は、彼の心にこそ秘密があり、弱点がある。モーツァルトの心の中に亡き父がいる以上、サリエリがその亡き父の演じることで、モーツァルトは、その内面の扉を開かざるをえなくなってしまうのだ。

老サリエリの告白によれば、彼の計画は、モーツァルトの亡き父(の使者)に扮し、高額短期での『レクイエム(鎮魂曲)』の制作を依頼、なんらかの方法で殺し、そのモーツァルトの盛大な葬儀で、この曲をサリエリが自作として演奏し、その人気を自分のものとする、というもの。おりしも、モーツァルトは、サリエリの妨害以前に宮廷関係では仕事を得られず、おまけに気晴らしに引き受けた、カネにもならない大衆オペラ『魔笛』も、団員の生活がかかっている座長から矢の催促。

この第三部は、きわめて図式的だ。サリエリが書かせたい宗教曲とモーツァルト自身が書きたい大衆オペラ。しかし、このズレは、第一部の初めから明確だった。遅刻を叱責するザルツブルク大司教に、モーツァルトは、それならクビにしろ、と言って、来場者たちの拍手を聞かせる。サリエリが神に愛された男、アマデウス、と言うが、モーツァルト本人が神を語ることなどない。一方のサリエリはと言えば、厳格なカトリック気風のイタリア人でもあり、子供の時にも、音楽を志すため、野卑な実父の死を神に願い、ことあるごとにモーツァルトを神に呪う。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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