これまで数々のピンチのときに、漫画の力に助けられたと語り、現在、日本のポップカルチャー・コンテンツを世界に広げるべく活躍中の保手濱彰人さん。著書『武器としての漫画思考』(PHP研究所)がベストセラーとなり、今後は漫画を活用した、人財育成にも注力すると語る保手濱彰人さんにお話しを伺いました。 聞き手:猪口真
猪口 まさしく、漫画の力でここまで大きくなられたとも言えるわけですが、日本の漫画が持つクオリティの高さは、どの点にあるとお考えですか。
保手濱 僕は、日本は文化的な深みが世界でもっとも深い国だと思っています。文化の深みが時とともに積み重なるものだとすれば、歴史の長さは大きな要素です。日本は単一王朝としてもっとも長い歴史を持ち、2,600年以上にわたって、文化が壊されることなく国家が綿々と続いてきました。
日本の漫画のルーツは、鳥獣戯画まで遡ると言われています。日本は古くから紙文化の国で、紙をつぎはぎしてつくられる巻物は、クルクルと紙を手でスクロールさせながら、右から左へと視線を移動させるかたちで、すでにアニメーションの様相を呈していたと言えます。そうしてさまざまな要素が重なり、絵で物語を表現する感性が育まれ、技術的にも洗練されていきました。
そもそも娯楽産業は、政情が安定し、世の中が平和でなければ育ちません。日本は徳川幕府という約300年にわたる長期安定政権を経験しています。この太平の世において、歴史上類を見ない施策が参勤交代です。地方大名がクーデターを起こさぬよう、定期的に江戸に呼び寄せ、大名行列や江戸屋敷の維持などにお金を使わせる。そこで、とにかく彼らは江戸の街において暇を持て余していたため、ルネサンスにおいてメディチ家が画家たちのスポンサーになったように、江戸に集まった地方大名たちが浮世絵師や職人を雇い、自分たちが楽しむための娯楽や文化を育てていきました。こうして、鳥獣戯画から続く、アニメーションで物語を表現する文化は、浮世絵として昇華され、多くの高名な浮世絵師たちを排出し、やがてヨーロッパの印象派に影響を与えることになります。さらに、太平の世が長く続いたことで教育が広まり、日本各地に寺小屋がつくられ、世界最高水準の識字率が実現しました。誰もが文字を書き、絵を描くことができる。日本はいわば世界最強のクリエイター民主大国だったのです。
その後、明治維新を経て、戦争が勃発し、社会は一度リセットされます。戦後の日本の少年少女たちに残っていたのは、寺子屋教育に始まった、世界有数の高い識字率と、目の前にある紙と鉛筆でした。だからこそ皆が書き、互いに見せ合う。出版社ができると、そこに作品が集まり、素晴らしい作品が次々と生み出されていった。これが2000年以上続いてきた日本のコンテンツ文化の歴史だと考えています。
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