研修は「やるもの」ではない ――一緒につくることで、人は本気になる 多くの会社で、研修はこう扱われている。 • 会社が決める • 人事が準備する • 受講者は参加する つまり、 研修は「やらされるもの」だ。 私は、この構図そのものが、 研修を形骸化させていると考えていた。
研修は「やるもの」ではない
――一緒につくることで、人は本気になる
多くの会社で、研修はこう扱われている。
• 会社が決める
• 人事が準備する
• 受講者は参加する
つまり、
研修は「やらされるもの」だ。
私は、この構図そのものが、
研修を形骸化させていると考えていた。
人は「参加者」では変わらない
第1回で触れた通り、
人は自分で選べないものを優先しない。
それは研修も同じだ。
どれだけ内容が良くても、
どれだけ講師が優れていても、
• 自分は決めていない
• 自分は関与していない
という状態では、
人はどこか受け身になる。
私は思った。
参加させるだけでは足りない。
つくらせなければ、本気にならない。
研修前にやっていた、もう一つのこと
そこで私は、
研修の前に、あることをしていた。
それは、
受講者の一部を、
研修の「スタッフ」として巻き込むこと
だ。
• 優秀な人を集めたわけではない
• 成績の良い人を選んだわけでもない
選んでいたのは、
熱意のある人だった。
なぜ「熱意」なのか
理由はシンプルだ。
• 優秀さは、場を支配する
• 経験は、正解を押し付ける
一方、熱意のある人は、
• 話を聞く
• 周囲を気にする
• 場を前に進めようとする
研修に必要なのは、
正解を言う人ではない。
場をよくしようとする人
だ。
事前ヒアリングの本当の目的
彼らには、
事前に時間を取って話を聞いた。
聞いていたのは、
• 会社の不満
• 上司の悪口
• 研修への要望
ではない。
• 普段どんな仕事をしているか
• 何に疲れているか
• 何に不安を感じているか
つまり、
生活と感情だ。
私は、このヒアリングで
「やるか、やらないか」を判断していない。
やることは、すでに決まっている。
彼らに不足しているものを、
彼らが喜ぶ形で渡す
そのための材料を集めていただけだ。
彼らは「スタッフ」になる
研修当日、
彼らにはスタッフマークを付けてもらった。
• 配布
• 誘導
• 片付け
• 困っている人への声かけ
特別なことはしていない。
だが、
動きは明らかに違った。
• 誰かがやるのを待たない
• 場を見て、自分で動く
• 研修を「自分ごと」として扱う
この姿勢は、
周囲にも伝染する。
研修は「一緒につくるもの」だと気づく瞬間
このとき、
私は確信した。
研修は、
用意されたものを受け取る場ではない。
一緒につくるものだ。
参加者の意識が変わると、
• 空気が変わる
• 発言が変わる
• 行動が変わる
結果、
研修の質そのものが上がる。
人事が見本になるということ
ここで重要なのは、
人事の立ち位置だ。
• 指示する側
• 管理する側
• 評価する側
【決定版】人材育成のトリセツ
2026.01.28
2026.02.03
人材育成コンサルタント、シニアインストラクター
● 人材育成、DX・IT、コンサル、マーケの経験を踏まえて、人材教育の新たなアプローチを探求中 明大法なのに齋藤孝ゼミ🤣 教免3種ホルダー イノベーション融合学会専務理事 教育研究家、モノカキの時は、「富士 翔大郎」と言います。天才トム・ショルツの「BOSTON」と「マニュアル車」「海外ドラマ」をこよなく愛する静岡県民
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