『指輪をはめたい』に見る現象学

画像: 映画公開時のポスターから引用

2020.01.25

ライフ・ソーシャル

『指輪をはめたい』に見る現象学

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/夢は、あくまで夢の中に押し込めなければいけない。昔は、もはや昔の中に流し去らなければいけない。そうでないと、溢れ出て来てしまった幻想や過去は、いまの現実を見失わせ、貴重な人生の時間までも蝕む。/

 ストーリーとしては、三つ叉のように見えるが、上述のように、この部分は、彼の混濁意識の中の迷走、妄想。むしろ判断中止(エポケー)として、エミと同様、実在の三人を離れ、三人が彼にとって何だったのか、探り直す旅。気づいてみれば、彼は三人の誰一人、真剣に愛してはおらず、ただ三人を比較し、また、エミと比較していただけ。つまるところ、彼はずっと出会った頃のエミを愛していた。しかし、そんなものは実在しない。

 スケートリンクに上がらない男。転ぶのを恐れ、実在しない妄想の相手を恋し続ける。だから、結局、目の前に実在の相手がいても、すこしも心が触れ合わない。そして、このことこそが、二年前に、笑美に、いっしょにいてもつまらない、と言わしめた理由。そして、三人もまた彼から去って行った理由。

 ありがとう、ごめんなさい、こんにちは、さようなら。挨拶は、相手の実在を認めることだ。きみが相手の実在を立てないなら、それは消える。彼女でも、友だちでも、知り合いでもなくなってしまう。きみが実在の相手を愛するからこそ、その相手が知り合いになり、友だちになり、やがては彼女になりうる。リンクの外で立って見ているだけ、転ぶのを恐れて、自分の愛情のエネルギーを現実の相手に注がない者が愛されるわけがない。

 別れる、というのも同じ。ありがとう、そして、さようなら。自分が積極的に大きなエネルギーを注いで、幻想や過去を葬り、しっかりと決別しなければいけない。夢は、あくまで夢の中に押し込めなければいけない。昔は、もはや昔の中に流し去らなければいけない。そうでないと、溢れ出て来てしまった幻想や過去は、いまの現実を見失わせ、貴重な人生の時間までも蝕む。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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