/映画版は、ただの迷路じゃない。そこに主人公、迷う男がいて、次々と「怪異」に襲われる。表面的な作りはホラーだ。まあ、それだけでもおもしろいのだが、その見た目に捕われると、話が見えてこない。/
昔、こういう3Dゲーム、私も作ったよ。というか、当時、この手のねじれた迷路ゲームは、いっぱいあった。PCの能力に限界があったから、3Dが全体像のあるオープンワールドではなく、断片ブロックの継ぎ接ぎで、次に呼び出すブロックの指定をずらすと、ループや分岐がかんたんにできた。しかし、それをこんな哲学的な物語にまで仕立てたのは、とても興味深い。
映画版は、ただの迷路じゃない。そこに主人公、迷う男がいて、次々と「怪異」に襲われる。表面的な作りはホラーだ。まあ、それだけでもおもしろいのだが、その見た目に捕われると、話が見えてこない。
この手のループもの、この作品の独創ではない。先行する名作として『グランドホッグ・デイ(恋はデジャ・ブ)』(1993)がある。高慢な気象予報士が、春を告げるはずの田舎のグランドホッグ(ウッドチャック)の祭りの取材に行って、春の来ないその冬の祭りの一日を、延々と繰り返させられ、やがて永劫回帰の人生を受け入れることで、逆に春に踏み出すという話だ。また、時間が断片的に観客に提示されるパズルムービーとしては『メメント』(2000)が有名だ。そして、その主人公は、あえて無限ループに永遠の生きがいを求める。また、ねじれた死人語りとしては、『マルホランド・ドライブ』(2001)が、おそらくそれだろう。
で、『8番出口』だが、観客には、ある男が地下鉄を降りて、この迷宮に入り込んだ、という導入で話が始まる。しかし、ここからして、どうも変だ。サラリーマンだらけの朝の都会の地下鉄駅で、彼のかっこうだけが、すでにかなり異質だから。あんな真冬のように着込んでいるのは、彼しかいない。つまり、最初から、彼は「アンリライアブル・ナレーター(信頼できない語り手)」であることが、わかる。
この迷宮の構造は、試練のメイン通路を中心に、その先に短い左折通路があって、ここにロッカーなどが置かれている。そこを右折すると、その先の左壁に番号案内がある。先の試練をまちがえていなければ、この番号が1つ増える。ここを左折し、なにもない短い通路を右折すると、次の試練のメイン通路に出る。まちがえていても、番号がゼロになって、同じく、左折、右折で、次の試練のメイン通路に出る。
問題は、異変に気づいて引き返した場合。メイン通路を戻って左折することになるのだが、この短い通路は、来たときと同様に、なにもない。この先を右折すると、すぐ手前の右側の壁に番号案内がある通路のはずなのだが、ところが、そこがすぐまたメイン通路だ。どういうことか、というと、ゲーム座標の数値からすると、引き返すときは、短い通路の部分で、180度の方向転換をさせて、ずらして繋いでいる。このため、同じ短い通路なのに、行きには、ロッカー等があるが、戻りでは、ロッカー等がなしに、またメイン通路に出る。
はでな試練のメイン通路の部分にばかり観客は気を取られてしまうが、むしろこのロッカー、ホームレス、証明写真機が、謎を解く鍵だ。ここを寝床にしているホームレスは、閉じた迷宮にもかかかわらず、一度も登場しない。それは、主人公の、迷う男にほかならないからだ。地下鉄を降りてから、荷物を失うまでのパートは、彼の過去の回想。彼は、話の最初から、この地下道にいるホームレスで、ずっと同じような試練を繰り返している。喘息の薬も、水も必要としなくなった彼は、すでに亡霊かもしれない。ロッカーに閉じ込めたもの、それは元カノに宿った彼の子供のこと。一方、証明写真機はもちろん、彼を同定するものは、もはやその先には無い。
この設定が提示されたあと、話は、「おじさん」の方に焦点が移る。サラリーマンだろう。そこに、口をきかない少年が出て来る。さらに、歩く女子高生風の女。しかし、女子高生としてはニセモノくさい。いつまでも若ぶっているだけなのか。そして、おじさんは、少年の静止を振り切って、ニセの出口の階段を登っていく。おそらく自殺だ。はぐれた少年は、主人公と合流する。それは、彼自身でもあり、彼とは口をきく。そこから、逆に、彼につきまとっている無機的なおじさんは、彼を捨てた、彼の父親の亡霊であることが想像できる。
しかし、この少年も、父親を知らない、と言う。主人公の元カノを、おかあさんと呼ぶこと、また、海辺のシーンから、この少年は、彼がホームレスになって見捨てた、彼の子でもあろう。だが、この少年は、最初からほおに傷がある。この少年もまた、津波で行方不明になってさまよう亡霊か。主人公がそばにいれば、あのとき、助けられたのかもしれない。
最後、彼は8番出口を見つける。しかし、それは下り階段で、終わりなき永劫回帰の日常の入口だった。彼は、ホームレスを止めて社会復帰したのか。見て見ぬフリを止めて、決然の正義の行動を起こしたのか。おそらく、どちらを選んでも、またあの迷宮に送り戻されただけだろう。8番出口を見つけて喜んでいるのは、映画を見ている観客だけ。現実もまた迷宮の一部。彼はすでになんどもこの地下鉄パートもループで体験して、そのこともわかっていた。出口なんか無い。それが真相だ。そして、話はまた冒頭に戻る。
純丘曜彰(すみおかてるあき)大阪芸術大学教授(哲学)/美術博士(東京藝術大学)、東京大学卒(インター&文学部哲学科)、元ドイツマインツ大学客員教授(メディア学)、元東海大学総合経営学部准教授、元テレビ朝日報道局ブレーン。
映画
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大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。
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