今年を「変」にするために。

2009.01.01

ライフ・ソーシャル

今年を「変」にするために。

金森 努
有限会社金森マーケティング事務所 取締役

明けましておめでとうございます。 何とも、重く、暗い経済環境の中での年明けとなりました。 2008年を表す漢字は「変」でした。 ネガティブな意味での「変」も多々ありますが、ここはひとつ、 オバマ次期大統領に倣って「変革」について考えてみましょう。

私の一番好きな言葉は、
「今日はきのうの続きでも、あしたは今日の続きではない」
というものであります。
幕末の勤皇の志士・変革のリーダーである坂本龍馬の言葉だと聞きました。

では、今日と明日をつなげるものは何なのでしょうか。
「あしたは今日の続きではない」のであれば、その、非連続性を埋めるものが必要なはずです。

私がもうひとつ好きな話があります。
アフリカなのか、アマゾンなのかわかりませんが、
「その部族が雨乞いをすると、必ず雨が降る」というものです。
魔術や超科学に長けているわけではありません。
本当に自然の神と通じているわけでもありません。

理由はカンタンなのです。
「雨が降るまで、ひたすら雨乞いをするから」 なのです。

でも、実際にはそんなにカンタンなことではありません。
全身全霊を尽くし、祈り、踊り、謡い。
それを、ひたすら雨が降るまで、毎日毎日続けるのです。

「今日はきのうの続きでも、あしたは今日の続きではない」
これはそのとおりで、私の座右の銘です。
しかし、それを現実にするためには。
「今日とあした」の、「非連続性」を埋めるためには、
ひたすら、「祈り、踊り、謡う」という、
壮絶な「今日」がなければいけないのだと思います。

「祈り、踊り、謡う」を現代人はうまくできるのでしょうか。
できないのであれば、その代わりを行わなくてはないのではないでしょうか。
「踊る」代わりに、必死でおろおろと動き回り、足掻く。
そして、「謡う」代わりに、自らの哀れを嘆く。
いつしか足掻きに疲れ、嘆きに疲れ、「祈る」。
最後は「祈り」に通じる。
しかし、祈るだけではだめなのだとも思います。

これは、キリスト教の言葉だと思います。
「神は自らを助くる者を助ける」。

辛い昨日があっても、そこからただ、「逃げる」だけではなく、
何かを少しずつでも、「今日はあしたとは違う」という変革の気概を持ちましょう。
現実には、必死でおろおろと動き回り、足掻くいて、嘆いて、何かに祈るのだとしても。

その過程で何かが見えてくるはずです。
自らが何を護らねばならないのか。
自らは何を信じればいいのか。

昨年の経済危機に際して、政府要人や経済学者、アナリストなどからはは、
「回復には2年を要する」という論も聞こえました。
だとすれば、今年はちょうどトンネルの真ん中。真っ暗です。

しかし、出口のないトンネルはありません。
明けない夜もありません。

もう一度言います。
「今日はきのうの続きでも、あしたは今日の続きではない」。
「雨が降るまで、雨乞いをすれば、必ず、雨が降る」。

せっかくの新年ですが、楽観的なことは書けませんでした。
この厳しい年を、強く意思を持って生き抜いていきましょう。

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金森 努

有限会社金森マーケティング事務所 取締役

コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。

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