昭和の営業マンは、筋肉だった。 朝8時出社。 地図を持ち、名刺を束で持ち、 一日中、知らない会社のドアを叩く。 「こんにちは!〇〇商事の△△です!」 断られる。 また次へ行く。 これが仕事だった。
昭和の営業マンは、筋肉だった。
朝8時出社。
地図を持ち、名刺を束で持ち、
一日中、知らない会社のドアを叩く。
「こんにちは!〇〇商事の△△です!」
断られる。
また次へ行く。
これが仕事だった。
■ 昭和:営業は“足”で稼ぐ
1980年代、日本は内需拡大型経済だった。
市場は拡大し、企業数も増加。
情報は閉じていた。
つまり、
顧客は営業が連れてくるものだった。
🔥昭和営業トリビア
・テレアポ1日100〜200件
・飛び込み訪問が主流
・名刺交換枚数が評価指標
・接待ゴルフは重要業務
・FAX一斉送信で見込み客獲得
・営業日報は手書き
・成果より“努力量”が評価対象
・上司の「気合いが足りない」が指導
当時はネットがない。
検索もない。
顧客は営業マン経由でしか情報を得られなかった。
営業は“情報の門番”だった。
■ 平成:営業の効率化が始まる
1990年代後半、インターネット普及。
顧客が自分で調べ始める。
企業もコスト削減を進める。
💥平成営業トリビア
・ホームページ保有企業増加
・メール営業開始
・CRM導入企業増加
・営業成績の数値管理強化
・テレアポ外注化
・リストラで営業人員削減
ここで起きた変化は大きい。
顧客の方が情報を持ち始めた。
営業は“説明する人”から
“比較される人”へ変わる。
努力量より効率。
■ 令和:営業は“存在しない”こともある
今、営業を置かない企業もある。
なぜか。
顧客は自分で調べ、
比較し、
申し込む。
🚀令和営業トリビア
・オンライン商談常態化
・SNS経由で受注
・コンテンツマーケティング主流
・広告はアルゴリズム最適化
・インサイドセールス拡大
・フォロワー数が信頼指標
・営業DX投資増加
営業は“足”ではなく“設計”。
見込み客は
検索エンジンやSNSから来る。
昭和の営業が1日100件回って得た顧客を、
令和は広告設計で獲得する。
■ 一番の違いは「情報の非対称性」
昭和:営業だけが情報を持つ
平成:情報は共有され始める
令和:顧客の方が詳しいこともある
営業の価値は変わった。
押す力から、
選ばれる設計力へ。
■ 世代が衝撃を受ける瞬間
昭和世代が驚く令和
・訪問しない営業
・名刺交換なし商談
・電話しない営業
・チャットだけで受注
令和世代が驚く昭和
・アポなし訪問
・接待で契約
・気合い論
・紙の営業資料
平成世代の本音
「両方やった」
■ では飛び込み営業は消えたのか?
答えはNO。
だが主役ではなくなった。
市場が拡大する時代は「押す営業」。
市場が成熟する時代は「選ばれる営業」。
昭和は拡大期。
令和は成熟期。
構造が違う。
■ 結論
営業は消えない。
だが、姿を変える。
筋肉から設計へ。
量から質へ。
根性からアルゴリズムへ。
あなたの営業は、どの時代の前提で動いているだろうか。
【連載】時代でビジネスはどう変わったのか?
2026.03.22
2026.03.23
2026.03.26
人材育成コンサルタント、シニアインストラクター
● 人材育成、DX・IT、コンサル、マーケの経験を踏まえて、人材教育の新たなアプローチを探求中 明大法なのに齋藤孝ゼミ🤣 教免3種ホルダー イノベーション融合学会専務理事 教育研究家、モノカキの時は、「富士 翔大郎」と言います。天才トム・ショルツの「BOSTON」と「マニュアル車」「海外ドラマ」をこよなく愛する静岡県民
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