本格ミステリの定義と作家秘密結社

2017.11.22

開発秘話

本格ミステリの定義と作家秘密結社

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/ミステリは、もともと神話っぽい怪異譚。ところが、20世紀になるころ、スマートな「知恵落とし」の本格的な「デテクション(探偵小説)」が登場してきた。しかし、それは、ほんとうにきちんと解けるか、出版前にプロの同業者の査読を必要とし、そのために、著名な作家たちによって秘密結社が作られた。/

 以前、横山秀夫の『半落ち』が2003年の直木賞選考で物議を醸し、それに作者である横山氏が直木賞の選考主体である日本文学振興会に反論して泥沼になった。このときの論点は、主人公の行動に現実性があるかどうか、ということで、とくに林真理子、北方謙三、阿刀田高の三人が強く否定に回ったそうだ。個人的には、その現実性の問題は、法規云々ではなく、むしろ黒岩重吾の「汗のにおいが感じられない」という一言に尽きているように思う。

 もちろんミステリなんだから、汗のにおいなんか無くていい、という考え方もある。しかし、話がクールな「知恵落とし」ではなく、思いっきりウェットな「泣き落とし」じゃないか。それなら、浅田次郎なみの、人の汗のにおいがする経緯がないと、話として成り立たない。このことは、なんぼ世間で売れても、プロの間での評価としては致命的だ。大衆小説に与えられる賞とはいえ、プロの見識が入らないなら、売り上げベストテンだけで充分。市場が評価しても、しなくても、プロが選ぶ、というところに賞の存在意義があるのだから、多くの読者が許容したことを口実に、この弱点を回避することはできない。

 とはいえ、実際の選考では、北方氏が自分で確認したという、ドナーたりえない、という法規の問題が重視されてしまったようだ。北方氏は、さすがプロだ、と思う。たとえ同じアイディアを思いついても、プロなら、これでいけるかどうか、裏を取る。後から、ごちゃごちゃ学生の屁理屈のようなことを言っても、横山氏が、この点のチェックを怠ったことは明らかだ。もしきちんとチェックした上で、どうしてもこの筋で押し切るしかない、と思うのなら、まさにその法規上の無理から生じる葛藤と超法規的特例措置を模索するエピソードを数ページ入れればよかったはずだ。だいいち、その方が、泣きも強まる。汗のにおいが出てくる。

 この一件と前後して、「本格ミステリ」とはなんであるか、の議論があちこちで行われた。2000年に講談社が年鑑アンソロジー『本格ミステリ』を組むに当たって「本格ミステリ作家クラブ」を作ったことが大きい。

 ここでの論点は、しかし、現実性があるかどうか、ではない。だいいち、「本格ミステリ大賞」のトロフィーが京極夏彦のデザインであるように、「本格ミステリ」は、最初から「本格ミステリ」からかなりズレてしまっている。

 ドキュメンタリーがドキュメントっぽい話であるように、ミステリは、もともとmythっぽい、つまり、神話っぽい話。かなり広範なジャンルで、なにが「本格」なのか、など、決まるわけがない。最後まで謎が解けないオカルト的サスペンス・ホラーも、それこそ「ミステリ」で、こういう怪異譚の方が「本格」だ、と言われてしまうと、返す言葉がない。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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