結果と過程[2]~過程はウソをつかない

画像: Yasushi Sakaishi @ Lanta Design

2017.06.04

ライフ・ソーシャル

結果と過程[2]~過程はウソをつかない

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

14歳から大人まで 生きることの根っこをかんがえる『ふだんの哲学』シリーズ 〈第2章|成長〉第6話

〈じっと考える材料〉

浩之(ひろゆき)はひじょうに落ち込んでいる。高校受験で、第一志望校に合格できなかったのだ。

浩之は懸命に勉強をし、自分がやってきた準備に自信もあった。模試の結果でも合格確率は高く、担任の先生も「ほぼ大丈夫でしょう」と言ってくれていた。ところが試験前日から風邪をひいてしまい、実力が出せなかった。

クラスのなかには、「たまたまヤマが当たっちゃって、合格できたよ」と触れ回る生徒もいて、浩之は「運で合格が決まるなら、努力っていったいなんなんだ」とさらに落ち込んだ……。



人生には予想できないことがいろいろ起こるもので、過程をいいかげんにやっていても、よい結果が出てしまうことはあります。また、過程をていねいに懸命にやったとしてもよい結果が出ないこともあります。

きちんと努力したことがきちんと報われないとき、わたしたちは「じゃ努力っていったいなんなんだ」とつい思ってしまいます。大事な一発勝負に負けたときほど、運命の神様とやらに文句のひとつも言いたくなります。

が、そこで心に留めておきたいことがあります。それは、「結果はウソをつくときがあるが、過程はウソをつかない」ということです。

「まぐれ当たり」でよい結果が出てしまった場合、その人は「自分はすごい。能力があるんだ」と錯覚(さっかく)してしまいます。ですが実際は、過程をおろそかにしていて能力がきちんと身についていません。そのために、うまくいったことを「もう1回成功させてみなさい」と言われても、その後できるかどうかわかりません。たまたま出た結果にウソをつかれたからです。ウソの結果に慢心(まんしん)してしまうと、その人はかえってその先で大きな失敗をする危険性があります。

ところが、過程できちんと努力を積んだ人は、一度は失敗しても、どこを直して、どこを補強すればよいかがわかるので、その次からうまく結果が出せる確率がぐんと高くなります。さらには、失敗から立ちあがることで精神的にも強くなる。過程にかける努力は、長い目でみると、確実に自分にプラスの材料として蓄積されます。その意味で、過程にはウソがないのです。



結果の「果」という字は「木の実」ということです。豊かな木の実を得るにはどうすればよいか。それは言うまでもなく、日ごろからていねいに木に水をやり、土に肥料を与え、葉や枝を適切に刈ってやるという過程をきちんとやることです。そうすれば木の実はちゃんとついてきます。

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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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