『愛があれば大丈夫』はクラシックだった~広瀬香美さん~後編1

2010.01.13

ライフ・ソーシャル

『愛があれば大丈夫』はクラシックだった~広瀬香美さん~後編1

ITmedia ビジネスオンライン
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広瀬さんといえば、軽快な曲を伸びやかに歌い上げるハイトーンボイスを連想する人も多いだろう。実は広瀬さんは5歳から音楽の英才教育を受け、国立音楽大学卒業というクラシック畑の出身。その彼女が、ポップス歌手として活躍するに至った事情とは……? [嶋田淑之,Business Media 誠]

 「冬の女王」と呼ばれ、「ロマンスの神様」「ゲレンデがとけるほど恋したい」など数々のヒット曲を生み出してきたシンガーソングライターの広瀬香美さん。その彼女が、2009年の夏から秋にかけて、今度はTwitterをきっかけに大ブレイクした(キーワード)

 Twitterどころか、ブログも始めたばかり(参照リンク)。パソコン操作も得意でなかった彼女だが、心を開いて一般のTwitterユーザーに教えを乞い、アーチストならではの視点からTwitterの可能性を広げようと努力した姿勢が共感を呼んだ。さらに、twitterロゴのtをカタカナの「ヒ」と読み違えて「ヒウィッヒヒー」とつぶやき(参照記事)、そのあまりの意外性ゆえに大反響を呼んだことも追い風になったとされる。

 しかし、そんな彼女の心の奥底には、ある思いがあった。“人生は孤独で寂しいもの。でも、世界中の人々は1つの存在としてつながっていると信じたい。自分はシンガーソングライターとして、音楽を通じ、あるいは「つぶやき」を通じて、孤独で寂しい人々に微笑みをあげてゆきたい。Twitterは、今まで以上に多くの人たちに、微笑みをあげるためのもの”

 そんな広瀬さんは、果たしてどんな人生を歩む中で、そうした思いを抱くようになっていったのだろうか?

クラシック音楽の作曲家を目指して――辛かった中学時代


 広瀬香美さんは、福岡県で生まれ、高校卒業までを地元で過ごした。両親の勧めで4歳からピアノを、5歳からは作曲を習い始める。

 「両親がクラシック音楽好きで、私にもそれを期待したようです」。彼女が最初に買ったレコードはバッハの「マタイ受難曲」だというから、出発点からして一般のクラシック愛好家とはレベルが違った。

 一方、作曲の勉強に関しては、和声学フーガや対位法などの基本理論をみっちりと仕込まれ、やがて(当時の)前衛的な手法で作曲することを求められたという。「でも、そうした前衛的な作品を書こうとしてもうまく行かず、いつもいつも作曲の先生から怒られていました。『君のメロディはポップスなんだよ。クラシックじゃないんだよ』と言われて、毎回、直されていました」

 こうした日々は、次第に広瀬さんを心理的に追い込んでいったようだ。「特に中学校の頃は、クラシック音楽の勉強が嫌でたまらず、学校に行きたくありませんでした。レッスンがあると思うと動悸(どうき)がして具合が悪くなるんですよ。暗い日々でしたね」

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