瀕死の広告業界を救う『棟梁』待望論!

2009.01.06

営業・マーケティング

瀕死の広告業界を救う『棟梁』待望論!

中村 修治
有限会社ペーパーカンパニー 株式会社キナックスホールディングス 代表取締役

「80年代は専門職として磨かれたコピーライターが発信していたが、今は経営も広告も全体的に把握する『棟梁』が(作り手)に求められている。」 この言葉は、糸井重里さんが、昨年春の「広告批評」休刊宣言のニュース時に朝日新聞に寄せたコメントである。 2009年、いよいよ広告屋の肩書き=職能の再編が必要になってきたのだ。 その『棟梁』待望論中身について考察してみる。

雑誌「広告批評」が創刊されたのは、1979年。その年の、全広告費の80%は、マス4媒体で占められていた。まさに、栄華だ。糸井重里さん自身が「おいしい生活」というコピーで一斉を風靡したのも80年代前半。あのコピーライターブームから、かれこれ30年。2008年のマス4媒体の広告費占有率も、約50%となった。
古い型の広告ビジネスモデルは、30年という寿命を全うしよとしているのだ。

「広告批評」初代編集長である天野祐吉さんは、『マス広告は20世紀の産物で、特にテレビは向こうから押しかけて来る一種の暴力性があった。だからお目付け役として我々が批評的な役割をになった』と、その雑誌の役割を語ったが・・・・マス媒体の解体とともに、その役割を失ったというわけである。

この大きな変化のうねりは、間違いなくインターネットメディアがこの世に生まれた90年代中盤に見えていた。前述の、糸井重里さんに引導を渡したのは、故ナンシー関さんである。
「誰かが『もうおもしろくねぇんだよ』とでも突っ込んでくれたら、どんなに気が楽になるだろう。糸井重里がテレビで尊重されている大きな理由のひとつに『80年代を捨てきれない大人になったヘンタイよいこ』というのがある気がする。『イトイ的なカンジ』にひかれた子供 が、現在30代半ばになり、『あの、イトイさんと』の思いを遂げている結果が、『糸井重里よくテレビに出てる』ではないのか。」と批判している。
1995年の話しである。この時期に「広告批評」も休刊を発表していたら、何か違う新しい手段が生まれたのではないかと思うのは、私だけだろうか。

伸び続けたマス広告費の収益でサービス(制作やマーケティング等)を拡張して、競合プレゼンを繰り返し、そのご褒美としてマス広告をいただく。「制作扱いをとったところが、スポット発注を受ける」という常識が邪魔をして、「本当のサービス」を収益化できない。そんな、どんぶり勘定の『ヘンタイよいこ』は、いまだ、業界を跋扈している。
そういうヒトの頭の中では、ウェブ戦略も、マス媒体の収益によるサービス程度にしか捉えられない。なので、マス媒体の制作とスポット出稿を獲りに行く競合コンペが大好き。それこそが、仕事になる。

でも、広告屋が競合プレゼンを続けるのって、どうよ?
2009年も、同じ事を繰り返すのって、どうよ?
故ナンシー関さんの広告屋への批判から、さらに15年の月日が経った今年。
どんぶり勘定の『ヘンタイよいこ』には、間違いなくトドメが刺される。

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中村 修治

有限会社ペーパーカンパニー 株式会社キナックスホールディングス 代表取締役

昭和30年代後半、近江商人発祥の地で産まれる。立命館大学経済学部を卒業後、大手プロダクションへ入社。1994年に、企画会社ペーパーカンパニーを設立する。 その後、年間150本近い企画書を夜な夜な書く生活を続けるうちに覚醒。たくさんの広告代理店やたくさんの企業の皆様と酔狂な関係を築き、皆様のお陰を持ちまして、現在に至る。そんな「全身企画屋」である。

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