/海外では、いや近年は国内でも、武士道を、ただ刀を振り回すだけの蛮勇のように考えているが、それは、その根底に、日本古来の神道、深淵諦観の仏教、そして経営立国の志があればこそだ。/
武士道は今日なお日本人の精神と倫理の根幹をなしている。日本は、古来、八百万の自然の神々を畏敬し、土地を含め、すべてを神々からの借りものとして大切に扱い、いかなる政権も、この世のかりそめの管理者に過ぎないものとみなしてきた。この心情は、すべてを心の執着による虚妄と見なす仏教によって、より明確に理論立てられ、とくに11世紀から流行した、来世を願う浄土信仰は、現世をいよいよ穢土として厭う気持ちを広めた。
中央政権の武力的執行者として登場した武士は、皇族から追われた平家や源氏の一族を中心とし、善悪の是非も無く勅命上長に従うことが求められ、所領や地位、さらには命さえ、奉公に対する御恩として一時的に貸与されているだけのものだった。ここにおいて、新たに中国から伝わってきた、「いまここ」にのみ全神経を集中する禅がかれらを魅了し、なにもものを持とうとしない極端に質素な生活に甘んじる一方、現実と虚構がない交ぜになった夢幻能や、すべての虚飾を排した茶の湯や枯山水に心を委ねた。
15世紀半ば、内紛と下剋上で幕府の権威すら無に帰して乱世となると、俄然、独立自存の武士たちが勢いを得る。かれらの多くは下層の出であったが、戦国大名とともに武功を立てて一国一城の主となることも可能になった。ただし、その武功は、戦いで敵を破る以前に、兵員や資金を集めるための都市や農地の開発に重点が置かれ、交通整備、治山治水、経済政策が求められた。
17世紀、江戸幕府を中心として大名連合の安全保障のしくみが確立されたが、諸大名はこれに従属するものとされ、各大名家の下に武家、その所領の名主、自営農、小作農がぶら下がる強固なヒエラルキーで、すべての日本人が縛り付けられることとなった。もはや武家も戦闘はもちろん工事さえ直接に携わることもなくなり、せいぜい日常警備か法務や経理の役方として大名家に仕えることとなる。しかし、幕府は朱子学に基づき、武家に格式威厳を保って庶民の模範たることを求め、参勤交代や修善工事などを無償の賦役として課してその力を削いだ。このため、武家は、その資金確保のために産業や農業の経営者として奔走しなければならなかった。
能『鉢木』 中山道高崎の零落の鎌倉武士、佐野常世は、雪の旅路で凍える僧の暖をとるために、大切に育ててきた盆栽を惜しげもなく火にくべた。

純丘曜彰(すみおかてるあき)大阪芸術大学教授(哲学)/美術博士(東京藝術大学)、東京大学卒(インター&文学部哲学科)、元ドイツマインツ大学客員教授(メディア学)、元東海大学総合経営学部准教授、元テレビ朝日報道局ブレーン。
哲学
2025.12.02
2025.12.11
2026.01.17
2026.02.08
2026.03.31
2026.08.27
2026.09.05
2026.10.05
2026.10.16
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。
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