/経営者は応接トイレを使っていたりするから、従業員たちがふだん使っているトイレなんか気にしないかもしれない。だが、彼らはかならず毎日、そこへ行く。そして、それが古い、汚い、臭い、となると、そのたびに、自分たちは大切にされていない、と、恨みを募らせる。/
以前、有名幼稚園の入園試験で、こんなのがあった。個別面接の前に、子供たちを五人ずつ、おかあさんとは別の待合室に案内する。だが、じつは、もう試験が始まっている。お菓子を食べて待っててね、などと言いながら、その部屋のテーブルには、四つしかお菓子がないのだ。初対面の五人の子供だち。我先に取る子、それを奪い返そうとする子、ジャンケンを提案する子。それぞれの育ちが露骨に出る。なかには、あ、いいよ、みんな食べて、ぼくは帰ってからなにかもらうから、なんていうお坊ちゃま、お嬢ちゃまも。
この問題を真剣に経済学から考えた学者もいた。先に自分の分を取ってしまった子がいて、あとの四人が残りの三個をジャンケンで分けた場合、たとえジャンケンに勝ってお菓子を手に入れられたとしても、そのリスクにさらされたことで、先に取ってしまった子を恨む。まして、ジャンケンに負けてお菓子がもらえなかった子は、いよいよ恨む。逆に、いいよ、みんなで食べて、と言った子は、一つを失っただけなのに、四人から感謝される。つまり、後者の方が経済学的に、はるかに合理的なのだ。
子供の話ではない。経営者にもなって、同じことをやっていないか。まず確定で経営者報酬、残りを従業員たちに分配。気づいていないかもしれないが、このやり方は、じつは従業員全員から恨まれている。たとえ、従業員の中でも高額の給与を得ていたとしても、それは自分の実力の結果であって、そもそも足らないものを競争で奪い合う状況に置かれたことで、経営者を恨んでいる。逆に、まず従業員に確定で給与。残ったら経営者報酬。本来、会社は、そういう仕組みだったはず。このとき、無ければ無いで仕方ない。だが、余計に余って、それを経営者が得たとしても、従業員たちは自分たちを優先してくれたことに感謝さえする。
しかし、諸事情あって、なかなかそんな高い給与は従業員たちに出せない、という会社も多いだろう。それなら、福利厚生だ。とはいえ、わけのわからないリゾートの法人会員になるとかして、従業員やその家族に供しても、いまどきそうそう旅行の出費もままならない。まして、会社名義で中古ペンションを買って保養所にする、なんて言ったって、その実態が社長とその家族の別荘のような使い方なら、いよいよ従業員たちに恨まれるだけ。
オープンキャンパスや企業訪問で、志願者たちが絶対に立ち寄るのが、そこの学校や会社のトイレ。とくに若い女性は、トイレが古い、汚い、臭い、となると、もう後がどうだろうと、すぐにも帰りたい、ということになるそうだ。実際、経営者は、赤絨毯の別フロアで、応接トイレを使っていたりするから、従業員たちがふだん使っている古くて汚くて臭いトイレなんか気にしないかもしれない。だが、彼らはかならず毎日、そこへ行く。そして、それが古い、汚い、臭い、となると、そのたびに、自分たちは大切にされていない、経営者だけきれいなトイレを使いやがって、と、繰り返し恨みを募らせる。
経営
2024.08.03
2024.10.09
2024.10.28
2024.11.07
2025.01.04
2025.02.07
2025.04.14
2025.04.22
2025.05.19
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。
