『奇跡の脳』ジル・ボルト・テイラー(新潮文庫) ブックレビューvol.11

2016.07.22

ライフ・ソーシャル

『奇跡の脳』ジル・ボルト・テイラー(新潮文庫) ブックレビューvol.11

竹林 篤実
コミュニケーション研究所 代表

脳科学が進歩し、さまざまなことがわかってきた。たとえば、将来アルツハイマーを発症するかどうかは、かなりの確率でわかるようになっている。本書も、脳に関するショッキングな知見を与えてくれる。脳卒中になると、どうなるのか。仮になった場合には、どのようにすれば再起できるのか。40代を超えた方なら、一読して損はない一冊である。

ところが、これこそは実体験した人だからこそ語れる内容だと思うのが、苦しむと同時に「心地よい安らぎにとってかわられ(同書、P50)」てもいたという。一体どういうことなのだろうか。

「出血中の血液が左脳の正常な機能を妨げたので、知覚は分類されず、細かいことにこだわることもなくなりました。左脳がこれまで支配していた神経線維の機能が停止したので、右脳は左脳の支配から解放されています。知覚は自由になり、意識は、右脳の静けさを表現できるように変わっていきました(同書、P53)」

そのまま、心地よい世界に身を任せてしまっていたら、本書は生まれていない。そこから必死の頑張りで、左脳も機能する現実世界に著者が戻ってきたからこそ、本書は世にでることができた。

けれども、リハビリによる回復の過程で、著者は右脳の重要さを認識する。

「涅槃(ニルヴァーナ)の体験は右脳の意識の中に存在し、どんな瞬間でも、脳のその部分の回路に「つなぐ」ことができるはずなのです(同書、P175)」。この覚醒により、著者は、以前と同じような仕事をしながら、以前のようなストレスからほぼ完全に解放されていく。回復した左脳は、自分の力で黙らせることができる。それにより、心の平安を保つことができる。これが本書が教えてくれる3つめの学びである。

医療関係者にも、ぜひ読んでもらいたい

忙しいのは承知の上で、本書をぜひ読んでもらいたい職種の人がいる。まず医師、そして看護師である。脳卒中に陥った患者は、何をどう感じているのか。患者が求めているものは何か、立ち直るために何が必要なのか。

左脳にダメージを受けた患者という限定条件はつくものの、本書は医療関係者にとっても極めて有効なテキストとなる。一般の脳卒中患者では、決して描写することのできない、患者の感じ方、心の動き、思考、求めなどが、自らが患者になった脳神経科学者の冷徹な視点で描き出されている。

脳卒中から復帰できた人は、たくさんいるだろう。けれども、脳卒中から復帰できた脳神経科学者は、世界中を探しても、ごく稀なはずだ。さらにその限られた一部の人たちの中で、文才にも恵まれた人は、おそらく世界に一人だけしかいない。それがジル・ボルト・テイラーである。その意味で本書は、唯一無二のサイエンスドキュメンタリーである。

自分の感覚に感謝できるようになった

個人的には、この本を読んで、自分の感覚に感謝することを覚えた。例えば、お昼ごはんに食べた炒飯。ひと口ごとに微妙に味わいが異なる。その違いを感じられるのは、自分に感覚があるからだ。

目にするもの、耳から入ってくるもの、食べ物、飲み物、香り、そして体全体で感じるもの。新幹線でたまたま隣りに座った人に対しても、自分にある種の感覚を与えてくれている。そう思えば、自分が五感で感じることのできるすべてのものに感謝できる。脳が死んでしまったら、感覚も消えてしまう。

感覚を持って生きていられることの、幸せに気づかせてもらった。

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