「過剰反応社会」を生きのびるコミュニケーション・スキル

画像: PhotoAC acworks

2015.11.18

ライフ・ソーシャル

「過剰反応社会」を生きのびるコミュニケーション・スキル

日野 照子
フリーランス ライター

感情を衝動的に書きこむクレイマーに忖度しすぎる「過剰反応社会」。必要なのはコミュニティの大きさに合わせたコミュニケーション・スキルを身に付けることではないでしょうか。

けれど、ネットという広大なコミュニティで、どこの誰かもわからない、どんな背景や思想を持つ人がいるかもわからない、膨大な量の人々に対して、同じように気を配ることは不可能です。にもかかわらず、つい近くにいる人の時と同じようにその声を聞いてしまい、それが「感情的」であればあるほど、その顔のない人に配慮しなければならないと思ってしまうのではないでしょうか。

実際には、『ネットの多くが今も「文字」による言語コミュニケーションである。メッセージを「字義的に」解読することはできても、そこに込められた送り手の感情までを理解することは難しい。(*1)』ものです。それが、どれくらい重要度を持って発信された言葉なのかも、受け手側にはわかりません。そして、わからないからこそ、時に「過剰」に反応してしまうのです。

コミュニティの大きさに合わせてコミュニケーション方法を使い分ける

自分が属する小さなコミュニティでは言わないようなことを、大きなコミュニティゆえに言ってしまう人々と、小さなコミュニティでは配慮した方がいいけれど、大きなコミュニティでは配慮しなくていい人々の声にいちいち反応してしまう企業。「過剰反応」はこのコミュニティの大きさの違いを混同することから生まれているのだと思えてなりません。

たとえば、家族や友人にアルコール依存症の人がいたら、目の前でビールをごくごくと音をたてて飲んだりはしないでしょう。ビールをおいしそうに飲むシーンを見せたりしないように気を配るかもしれません。けれど、だからといって社会全体からそのシーンを排除する方がいいということにはなりません。小さなコミュニティでの配慮を、大きなコミュニティでやろうとすると、どう考えてもキリがありません。世の中には実に様々な事情を抱えた人がいて、どこでいつ誰が見るかもわからない世界で、一人の人も傷つけないなどということができるわけがないからです。

私たちにできることは、コミュニティの大きさに合わせてコミュニケーション方法を使い分けるスキル、広い世界で「何でも言っていい」と思っている人を、いわば「うまくかわす」コミュニケーション・スキルを身に付けることではないかと考えています。

「当事者には謝るけど、野次馬には謝らない」というスキル

ネットの一部で「炎上芸人」と揶揄されることもある有名ブロガーちきりん氏は、その著書(*2)の中で、『ネットの外で話していることを無防備に書くと~中略~批判が押し寄せる』ことについて、『強者が弱者を切り捨てる(ように見える)』と怒りを呼ぶが、大半は本気で怒っているわけではなく、炎上に参加して『正義感を振り回している』という意味のことを書いています。

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日野 照子

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INSIGHTNOW!では、長年の会社生活で培った男社会や組織への疑義から、女性の社会進出やこれからの仕事、働き方などのコラムを書いています。

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