マンデラ氏が身をもって教えてくれたこと

2013.12.10

経営・マネジメント

マンデラ氏が身をもって教えてくれたこと

三宅 信一郎
株式会社BFCコンサルティング 代表取締役

元南アフリカ大統領のネルソン・マンデラ氏が、12月5日、95歳でお亡くなりになりました。 2010年2月7日の投稿記事でも触れましたが、マンデラ氏がなぜこれほどまでにその功績を世界から讃えられているのでしょうか? それは、当時の盟友との厚い信頼関係をベースに、真のリーダーシップを人種問わずに発揮したからであったと思います。 以前の記事を編集して改めてお伝えしようと思います。

 今までの永年の白人に対するうらみつらみを果たすべく、白人に
 対して徹底的な仕返しを開始するかもしれない。

 結果、南アから白人を追放されてしまうかもしれない」

と思っても不思議ではありません。

現に、周辺のモザンビークやジンバブエなどの多くの国家が、
白人から黒人に政権が移行するや否や、独裁国家となって、
結果
として白人が追い出されるという結果を迎えています。

しかし、彼ら二人は違いました。

色々な思いはあるにしても、それを封じ込め、何より相手を深く
信頼することにより、牢獄で取り交わした人間同士の約束を守るべく
それぞれの立場上とてつもなく困難な弊害に直面しながらも着実に
お互いの約束を実行したのです。

まず、デクラークは、マンデラが議長を務めるアフリカ民族会議(ANC)という非合法政党を合法化し、アパルトヘイトの根幹を支えていた「集団地域法」など主要な法律を次々に撤廃し、民主的な選挙を実行し、
マンデラ大統領誕生の基盤を構築したのでした。

デクラークが受けた保守系白人社会や右翼団体・保守政党からの非難や
浴びせられた誹謗中傷や汚名は、想像を絶するものだった
と思います。

彼はそれらをすべて甘んじて受けることを全て覚悟し、マンデラとの約束を守ったのでした。

一方マンデラは、釈放されて大統領になってからも、同朋の多数の命を奪い、30年近い自分の貴重な青春を奪った白人側や白人政党である国民党の責任を問う言葉や、うらみ中傷を何一つこぼさないで活動をしていました。

以前、「インビクタス」という映画にも取り上げられたのですが、新しい黒人政権下、国家スポーツ評議会が、アパルトヘイトの象徴である南アのラグビー代表チームであるスプリングボックというチーム名と、ユニフォームやエンブレムのデザインを全て廃止する決議案を可決しようという際、マンデラがそれを阻止する演説を黒人の前で行い、説得するというシーンがありました。

その時にマンデラが放った言葉です。

「今は卑屈な復讐を果たす時ではない」

白人も黒人もない。 敵も味方もない。 皆同じ南アフリカ人として
新しい国づくりに励もうという強い意志が感じ取れます。

それから、マンデラは、自国で開催されたラグビーワールドカッップの決勝戦で、白人スポーツの象徴である、南アラグビー代表チームを真剣に応援し、奇跡の優勝劇を演出し、スプリングボックのユニフォームを着てグラウンドに立ち、選手一人ひとりの名前を呼び、感謝の気持ちを述べたのでした。

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三宅 信一郎

株式会社BFCコンサルティング 代表取締役

事業力強化・新規事業開発・創業支援コンサルタント 自動認識基本技術者 (JAISA:(社)日本自動認識システム協会)認定

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