「能動・主体の人」 vs 「受動・反応の人」

2010.10.05

仕事術

「能動・主体の人」 vs 「受動・反応の人」

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

「自分が変われば、環境が変わる」「環境が変わんなきゃ、自分は変われない」―――この2つはどちらも真実だ。前者に強く意識を置くのは「能動・主体の人」である。一方、後者を強く感じる人は「受動・反応の人」である。

◆1人1人の思考と行動がこの世界をつくっている
 さて、話をもう少し広げていく。私たちは21世紀に入り、ますます、一個人として制御のきかない社会に生きている感覚を強くしている。
 しかし、そんな中だからこそ、「自分が変われば、環境が変わる」―――これは信ずるに値する原理だ。つまり、自分が変われば家族が変わる、自分が変われば会社・組織が変わる、自分が変われば地域・国・国際社会が変わる、自分が変われば自然・地球が変わる、という原理だ。
 この世界は、私たち1人1人の絶え間ない思考・言動の連続・集積体である。英国の哲学者、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(1861-1947年)の考え方を借りれば、この世界は「関係性の森」である(仏教思想はこれを「縁起」と説いてきた)。私たち1人1人のどんな瞬間的な、どんな些細な思考や言動もことごとくこの「関係性の森」に通じ、この森に影響を与え、この森をつくっている。
 ホワイトヘッドは『観念の冒険』の中でこう言い表す―――「われわれは、どんな分子で身体が終わり、外の世界がはじまるのか、いうことはできない。脳髄は身体と連続しており、身体は自然の世界のほかの部分と連続しているというのが真理なのだ」(参考文献:中村昇著『ホワイトヘッドの哲学』講談社)。
 この複雑な「関係性の森」の内では、無数の「こと」が相互に反応し合い、新しい「こと」が生起し、その森自体の性質やら形やらを決めていく。このとき、森の住人である私たち1人1人にとって重要なのは、この森を楽観・意志に満ちたみずみずしい森にするのか、それとも、悲観・感情が覆いかぶさる茫漠とした荒れ地にするのか、だ。

◆世に望む変化があるなら、まずあなた自身がその変化になりなさい
 個人が、家族が、会社が、地域が、国が、世界がよりよくなっていくための答えは自明である。マハトマ・ガンジーは次のように言った(そして事実そう行動した)。

 “You must be the change you wish to see in the world.”
 (この世の中に望む変化があるなら、あなた自身がその変化にならねばならない)

 また寓話だが、ハチドリのクリキンディはこうした。

  ―――森が燃えていました
  森の生きものたちは われ先にと 逃げて いきました
  でもクリキンディという名の ハチドリだけは いったりきたり
  くちばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは 火の上に落としていきます
  動物たちがそれを見て
  「そんなことをして いったい何になるんだ」 といって笑います
  クリキンディは こう答えました
  「私は、私にできることをしているだけ」 ―――
  (南米アンデスの先住民の話:出典『ハチドリのひとしずく』辻信一監修・光文社)

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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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