/自分で絵を描く、ということは、ただ平面に色を並べるデザインじゃない。たとえそれが自分の想像だろうと、自分が向き合っている風景や人物を丸ごと空間的、立体的に取り込んで、それを画面に表現する。だから、その人の絵なんだ。この問題が決定的になるのが、マンガだ。/
写真のトレースがどうこうという以前の問題だ。自分で絵を描く、ということの本質に関わる。絵は、ただ平面に色を並べるデザインじゃない。たとえそれが自分の想像だろうと、自分が向き合っている風景や人物を丸ごと空間的、立体的に取り込んで、それを画面に表現する。だから、その人の絵なんだ。
この問題が決定的になるのが、マンガだ。写真のトレースに限らず、それっぽい正面画ばっかり描いていると、キャラクターとして動かせない。マンガでは、とくにアクションシーンでは、アイレベルの正面画だけでなく、斜めはもちろん、後からの肩舐めパースとか、足元からのあおりとか、状況全体の俯瞰とかが必要になる。こういった角度から見たときに、キャラクターがどう見えるのか、キャラクターを丸ごと立体としていったん自分の中に取り込んでいないと、そもそも絵柄さえ想像できないし、ましてマンガ的な空間デフォルメ、そのときどきの線の太さの強弱すら決められない。

鍵になるのは、やはりデッサンだ。両親が家のアトリエでも絵を教えていたし、自分も長年、受験デッサン講座に通っていたから、石膏デッサンの大切さがよくわかる。あれは、見えるものをただ写す作業じゃない。対象を立体として把握することだ。
一般に初心者から上級者まで課題として出されるのが、ミケランジェロの「ブルータス」。最初はよくわからないかもしれないが、あれは、学べば学ぶほど、教材として選ばれる理由がよくわかる。とにかくまずボリューム感、存在感。カメラの望遠レンズで平行線でイラスト風に撮ったのとわけが違う。教室だと、これが高い石膏台の上にあって、でかいから、魚眼的に天井まで教室空間全体を再認識させられる。
おまけに、首が60度も左にねじれている。頭頂から鼻筋、顎のでっぱりまで、と、頭頂から環椎、そして第一胸椎へ、と二軸があって、前者しか見えないから、立体的に把握できていないと、この二つ軸の関係を画面に表現できない。おまけに、クジ引きでひどい席に当たると、この二つの軸が重なって、顔だけが正面で、それも顎下から鼻の穴を見上げるようになり、じつは首が前に傾いていながら頭は垂直、肩はこっちへ飛び出ているから、いよいよ難しく、かなり上級者向け。
ただのイラストレーターで終わってよいなら、正面だの、真横だのの図解だけ画いていればいいさ。実際、へたにマンガ家になったりするより、アーティストとしてちやほやされ、大勢のファンがついて、画廊でも売れ、企業案件にもなり、手っ取り早く法外な大金が稼げる。おまけに、あり余った時間にシロウト相手に御高説でも垂れていれば、どんなホラでも自慢でも、みんな真剣に聞いてくれる。だけど、自分の中の物語を絵で伝えたい、マンガを描きたいなら、まずきちんとデッサンから学ぶことだ。そして、一日25時間、週8日、マンガについて語るヒマも無く、ひたすらマンガで語る。いくらかわいくても、かっこよくても、死んだペッタンコの図案を羅列しただけでは、きみのキャラクターは、生きてこないよ。画面から飛び出て、読者の心の中で動き回ったりしないよ。
純丘曜彰(すみおかてるあき)大阪芸術大学教授(哲学)/美術博士(東京藝術大学)、東京大学卒(インター&文学部哲学科)、元ドイツマインツ大学客員教授(メディア学)、元東海大学総合経営学部准教授、元テレビ朝日報道局ブレーン。
解説
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2025.10.05
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。
