過剰な「個人情報保護」が高齢者にもたらす悪影響

2023.05.24

ライフ・ソーシャル

過剰な「個人情報保護」が高齢者にもたらす悪影響

川口 雅裕
NPO法人・老いの工学研究所 理事長

高齢者の心身の健康を、過剰な個人情報保護が脅かしている。

職員が入居者に「誕生日おめでとうございます」と声を掛けるのを禁じている高齢者住宅や高齢者施設があるそうです。理由は、「個人情報保護法違反に当たる可能性があるから」とのこと。

確かに法律は、業務の目的の範囲を超えて個人情報を使用することを禁じていますが、高齢者の暮らす場で働くスタッフの業務の目的は、心身共に健やかな高齢期を送ってもらうことであり、誕生日の声掛けはもちろん、個別のさまざまな情報をもとに人と人をつないだり、ふさわしい場にお誘いしたり、機会の提供や紹介をしていったりするような働きかけは欠かせないと筆者は考えます。

交流や関係を失っていくことを指す「社会的フレイル」が、身体的あるいは精神的(認知機能を含む)なフレイルを引き起こすことは、高齢者ケアの分野では常識です。もし、それを知っていてそんなことをしているのであれば、それは怠慢であり、1人暮らしのお年寄りに、誕生日という節目に誰にも気付かれず、声も掛けられない孤独を味わせたいのかとさえ思ってしまいます。

「誕生日おめでとうございます」を禁じるようなところでは、例えば「同じ趣味の人がいたら紹介して」「こんな相談に乗ってくれる専門家が入居者の中にいたら教えてほしい」「仲間のお見舞いに行きたいので、入院した病院を教えて」といった要望があっても、全て「個人情報です」と言って断ってしまうのでしょう。そうして交流が生まれず、関係が薄くなり、貧弱なコミュニティーとなって、それがじわじわと心身の衰えへとつながっていきます。

また、寂しい場で暮らすストレスが、職員への難しい要望やクレームへと変わり、職員はそれらの対応に追われ続けることになっていくでしょう。

地震や豪雨などの災害があった場合に、高齢者が効果的な行動を取れるかどうかは、日頃のつながりやコミュニティーの質に大きく左右されます。誰がどこに住んでいるか、どんな状態の人かを互いが知っていれば助け合いが可能ですが、そうでなければ放置されたり、助けが遅れたりといった事態になりかねません。事故や体調の急変の際も同様で、気付いてもらえる、すぐに知らせて助けが得られる環境かどうかが重要になります。

こんなケースがありました。

ある高齢者住宅のレストランで、予約をしているのに来ない人がいた。「予約をしているのに来なかった」ということがない人なので、一緒に食事を取る予定だった入居者たちが「これはおかしい。持病があるし…」という話になり、職員に連絡してその人の部屋まで一緒に見に行った。マスターキーでドアを開けると室内で倒れており、すぐに救急搬送。一命を取り留め、処置も早かったので後遺症も残らなかった――。

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川口 雅裕

NPO法人・老いの工学研究所 理事長

「高齢社会、高齢期のライフスタイル」と「組織人事関連(組織開発・人材育成・人事マネジメント・働き方改革など」)をテーマとした講演を行っています。

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