日本人妻学Vol.5『嵐電の人妻」

2020.01.24

ライフ・ソーシャル

日本人妻学Vol.5『嵐電の人妻」

中村 修治
有限会社ペーパーカンパニー 株式会社キナックスホールディングス 代表取締役

日本人妻学なるものをはじめてみた。47都道府県の人妻を巡る旅を、短編小説風にまとめて行こうかと考えている。宮本常一や柳田邦夫のように、全国をフィールドワークしてみる。マーケティングプランナー歴30年目のルーティンワークである。 多少、大目に見て、お付き合いいただけると助かります。

中学2年生の娘は、何度教えても、小数を分数に出来なかった。嵐電の行き帰りに、何度も「ホントにバカだよな!?」と呟いた。帷子ノ辻で乗り換えて、車折神社まで。週3日、出口のない家庭教師のバイトを続けた。

勉強などそこそこに、半分以上は、他愛もない世間話に付き合った。夜の9時がまわると終了。その家のアラフォーの奥様が、いつもお茶を入れてくれた。だらしなさが下腹の出っ張りでわかってしまう。何処にでも売っているような湯呑みに、ヤカンから直接、お茶が注ぎ込まれた。この家には、少数も、分数もない。熱くも冷たくもないヌルいお茶を流し込んで嵐電の駅へと走って向かった。

大学を卒業してから10年ぼと経ったころ、そのヤカンの奥様が自殺をしたという噂を風の頼りで聞いた。別に驚きはなかった。あの娘は、どうしているのだろう!? 名前も思い出せない。

「お仕事の帰りですか!?」
そのひと言をかけるのに、半年以上がかかった。

相手は、嵐電の北野白梅町の駅から、いつも同じ時間に乗る人妻だ。ほぼいつも会うので、いつしか会釈ぐらいはするようになっていた。しかし、その声を聞いたことはなかった。いつも日傘を持っていた。年の頃は、30前後。色白で華奢なカラダには、ワンピースが似合っていた。嵐電の人妻に会いたい一心で、ヤカンの奥様のお茶も飲み込んでいた。

「はい」
夕刻の北野白梅町の駅には、その人妻と私しかいなかった。日傘を見つめながらの返事は、ちっさな電車がゴトゴトと入ってくる音にかき消された。行く先は、いつもの「帷子ノ辻」。

平安時代の初め。嵯峨天皇の皇后である檀林皇后は、それはそれは美しい女性だったという。彼女が亡くなった時に棺にかけられていたのが、絹や麻糸で織った着物(帷子)。葬儀の際に、三条通と交わる辻で、この帷子が風に舞ってはらりと落ちた場所が「帷子ノ辻」。美しいには、いつも死が含まれている。


「ぼくは、車折まで家庭教師のバイトなんですよ・・・」
話を始める前に、ドアが開いた。始発駅なので、誰も乗ってこない。いつものように、いつもの席に座った。それから話すことはなかった。会釈をするだけの日々に戻った。なんとなく好きで、その時は、好きだとも言わなかった人の方が、いつまでも懐かしい。あの頃は、好きな人に、好きと言えなかった。ましてや、なんとなく好きな人に、好きと言ってはじまる恋があることも知らなかった。

シロクロ決着をつけたら、それは、どんな思い出も結果をともなうことになる。円周率は、3.14159265359・・・。どんなにバカでも「ちょうど3で計算していいよ」なんて口が裂けても言えなかった。

夜目、遠目、傘の下。
嵐電の人妻は、
4割り増しである。

Ads by Google

この記事が気に入ったらいいね!しよう
INSIGHT NOW!の最新記事をお届けします

中村 修治

有限会社ペーパーカンパニー 株式会社キナックスホールディングス 代表取締役

昭和30年代後半、近江商人発祥の地で産まれる。立命館大学経済学部を卒業後、大手プロダクションへ入社。1994年に、企画会社ペーパーカンパニーを設立する。 その後、年間150本近い企画書を夜な夜な書く生活を続けるうちに覚醒。たくさんの広告代理店やたくさんの企業の皆様と酔狂な関係を築き、皆様のお陰を持ちまして、現在に至る。そんな「全身企画屋」である。

フォロー フォローして中村 修治の新着記事を受け取る

一歩先を行く最新ビジネス記事を受け取る

ログイン

この機能をご利用いただくにはログインが必要です。

ご登録いただいたメールアドレス、パスワードを入力してログインしてください。

パスワードをお忘れの方

フェイスブックのアカウントでもログインできます。

INSIGHT NOW!のご利用規約プライバシーポリシーーが適用されます。
INSIGHT NOW!が無断でタイムラインに投稿することはありません。