謝罪で使ってはいけない仮定法過去完了

2018.06.27

組織・人材

謝罪で使ってはいけない仮定法過去完了

増沢 隆太
株式会社RMロンドンパートナーズ 東北大学特任教授/人事コンサルタント

政治家やキャリア官僚といった超エリートの方々のやらかしは後を絶たず、謝罪会見が開かれるたびにでるのが「(迷惑かけた/傷付けたとすれば)お詫びしたい」という言葉。せっかくの謝罪を台無しにする、使ってはいけない言葉です。しかし謝罪会見、特にこうした高位の職にある人たちが多用しているように見えます。

1.破綻しているセリフ
受動喫煙対策を強化する健康増進法改正案の審議において招へいした肺ガン患者参考人への暴言を吐いた自民党・穴見陽一衆院議員は「(関係者に)不快な思いを与えたとすれば、心からの反省と共に深くお詫び申し上げる。」と謝罪しました。私は謝罪会見でコメントを求められる場合、素材がある限りフルタイムで会見映像を見ますが、その都度引っかかるのが「としたら」という言いまわしです。

「不快な思いを与えたとすれば、深くおわび」という言葉の不快感の原因は、それが英語の仮定法過去完了だからではないでしょうか。英文法忘れちゃったよという人もいるでしょうが、仮定法過去完了は実際起こった過去の事実とは反対のことを仮定するときに使うとされます。「全然謝る気ないだろ」と感じてしまうのは、謝罪より結果起きたトラブルを何とかしたい気持ちが前面に出てしまっているからでしょう。

特に芸能人より政治家や政府高官のような高位の立場の人が使うことが多いのですが、この言葉が破綻していることは明らかです。「不快な思いを与えたとすれば、心からの反省と共に深くおわび」ということは、「与えてなければ謝る必要はない」という意味でもあり、謝る必要はないけど「心からの反省」という言葉は全く意味をなしません。破綻したロジックが、ウソくさくて全く誠意や反省が感じられない空虚な言葉として響くのです。

2.いきなりケンカを売る言葉
政治家や高官は、恐らく自ら意図しない主旨に対する批判に納得していないのでしょう。趣旨が違うのだから批判はお門違いであるという感情が全面に出ています。だから謝罪としても成り立たないのです。

謝罪の場面で自らの感情が表に出てしまうことはタブーです。人に頭を下げるのに慣れていないエライ人物による、心無い謝罪は事態の鎮静化どころかさらなる炎上を呼びます。言葉で「お詫び」したかどうかは問題ではなく、謝罪の気持ちを伝えられるかどうかこそが重要です。反省の意思が全く伝わらない謝罪会見にほぼ意味はありません。

なぜこんなひどい言葉遣いが多用されるのでしょう?謝罪含む不祥事の記者会見でも弁護士が同席することがあります。また危機管理として弁護士が介入した結果、非常に上首尾に事態が収束することもあります。何より裁判になれば、自ら不利になり得るような発言は控えなければならないのでしょう。

ところが過剰な防衛をした結果、穏便に終わることもできたはずの謝罪が、いきなり裁判沙汰、いわばケンカ腰のやりとりにエスカレートしてしまうのです。

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増沢 隆太

株式会社RMロンドンパートナーズ 東北大学特任教授/人事コンサルタント

芸能人から政治家まで、話題の謝罪会見のたびにテレビや新聞で、謝罪の専門家と呼ばれコメントしていますが、実はコミュニケーション専門家であり、人と組織の課題に取組むコンサルタントで大学教授です。 謝罪に限らず、企業や団体組織のあらゆる危機管理や危機対応コミュニケーションについて語っていきます。特に最近はハラスメント研修や講演で、民間企業だけでなく巨大官公庁などまで、幅広く呼ばれています。 大学や企業でコミュニケーション、キャリアに関する講演や個人カウンセリングも行っています。

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