銀座を泣きながら歩いた・・・。桂由美さんのウエディング秘話

2017.10.17

経営・マネジメント

銀座を泣きながら歩いた・・・。桂由美さんのウエディング秘話

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株式会社ユミカツラインターナショナルの経営者であることと、自ら現場の第一線に立ち続けるデザイナーであること。その両立を軽やかにしなやかに、そしていつも楽しそうにこなし続ける桂さん。そのパワーの源はいったいどこにあるのか?タケ小山が、その秘密に迫ります。

「自分がやるしかなかったから」~ブライダルへの第一歩

桂由美さんが日本初のブライダルファッションデザイナーとして活動を開始したのは1964年のこと。当時、日本にはブライダルという言葉はまだ存在していなかった。

「なぜ、まだ日本にはその概念さえないような新しいことをやろうと思ったんですか?」と聞くタケに、桂さんはこう答えた。

「誰もやっていなかったから、自分がやるしかないかなと思ったんです」

そもそもの始まりは、母親が経営していた洋裁学校で教鞭をとっていた頃の経験だったという。

「生徒たちの卒業制作でウェディングドレスを作ることになったんです。ドレスを作るにはたくさんの生地を使うから値段が結構高くついてしまうので心配で、アドバイスをするために一緒に買い物についていったときに、びっくりしたことがあったんです」

「それは、なに?」とタケが聞くと、「日本には、ウェディングドレスに必要なものが本当に何にもないな、と」。

たとえば、真っ白なドレスに合わせるための白いハイヒール。花嫁が手に持つブライダルブーケ。どこを探しても見つからなかった。

もちろん銀座を歩けば、例えば森英恵さんのような有名ファッションデザイナーのオシャレな店舗はあった。だが、ウェディング用の衣装となると、「みんな、着物だったんです」。

調べてみると、その頃結婚式を挙げる女性の97%が着物を着用していたという。たった3%のシェアしかない洋装のウェディングドレス。その領域にビジネスの手を伸ばす人はいなかった。

「生徒のひとりがね、先生、みんなを助けてあげたらいいのにって言ったんですよ」と笑う桂さん。「正義感の強い性格だったから、困っている人がいるなら助けたいなって思ったんです」

拒絶を乗り越えて

タケが今回どうしても桂さんに聞いてみたかった質問をぶつけた。

「新しいことを始める、パイオニアになるというのは大変なことも多かったでしょう。どうやって切り開いていったのですか?」

「最初の関門は母だったんですよ」と笑う桂さん。「私は母が経営する学校法人の跡継ぎだったので、両立できるならという条件付きで応援してもらうことになりました」。

「ただね…」と桂さんは続ける。「私がやりたかったのはブライダルのデザイナー。経営を自分でやるつもりはなかったんです」

そこで考えたのがデパートに経営を任せるということ。

「だって、どこもやっていないことなんですから、日本初のブライダルサロンが登場!って謳えば、デパートにとっても素晴らしい話題になるでしょう」

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