歴史や価値とともに変化する「お値段」㉑──電話料金の変遷

2019.11.27

経営・マネジメント

歴史や価値とともに変化する「お値段」㉑──電話料金の変遷

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ものやサービスの値段は時代によって変わるものです。「高い」「安い」の基準になっている貨幣の価値も時代によって大きく変わります。いつものように、さまざまな分野のものやサービスの「お値段」を比較してみましょう。 電気やガス、水道のような私たちが生活を維持していくうえで欠かせないインフラと同じく、人と人をつなぐ電話も社会の最も重要なインフラのひとつです。 インターネット通信がこれだけ普及しても、人と人がじかに会話することや、電話の重要性は変わりません。そこには人が発する「声」独特の信頼性と魅力が潜んでいるから……といえることもできるでしょう。今回は、電話料金の変遷をたどっていきます。

【記事元】
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日本クラウド証券メディア マネセツ https://manesetsu.jp

開通当初の月の料金は10万円!

わが国における最初の電話は、明治23(1890)年に東京と横浜間で開通しました。
当時の加入数は東京で155件、横浜で42件でした。その際の料金体系は、年額の基本料金は40円、東京・横浜それぞれの市内通話はかけ放題というもの。かけそば一杯=1銭の時代ですから、今の金銭感覚に合わせると、月の料金は10万円に近かったのではないでしょうか。
ちなみに市外通話は度数制で、5分間15銭に設定されていて、初期の電話架設料は無料とされていました。

その後、警察や軍事上の必要もあって、電話回線網は急速に整備され、明治30年代から加入登録制度(電話加入権と呼ばれる制度)が始まり、明治42(1909)年には加入者は10万件を超えています。明治時代末期は銀行員の初任給が40円の時代でしたが、電話料金の基本料金は月額66円。1カ月分の基本料金が月の給与を超える額だったことがわかります。

当初、一戸建てが建つほどの架設料だった

ただし、電話の普及とともに月額料金は数万円ほどに下がり、大正14(1925)年の年間基本使用料は45円に。しかしながら、この当時の架設料(工事負担金)は非常に高く、その額が1520円と記録されたものもあります。一見、1520円の文字だけを見ると「安い」と思いがちですが、実はこの値段は、当時の東京で一戸建ての住宅が建つほどのものだったのです。

このあと、技術の進歩もあって料金は引き下げられ、電話は都市部を中心に急速に普及していきます。そして時代は昭和に以降し、昭和19(1944)年には、加入者は100万件を超える規模に発展。ところが、第二次世界大戦による空襲で通信施設は打撃を受け、終戦時には加入件数は激減。
昭和20(1945)年の電話料金は年間基本使用料が60円、市内通話は10銭で無制限でした。

家庭に広く普及していった固定電話

そして、昭和28(1953)年から電信電話債権(加入者債権)が発行され始めますが、これは加入者権とは異なり、戦後復興の資金調達のために発行されたもの。また、今も加入者債権を所有している世帯があることから、2027年まで元利金を受け取れることになっていますが、加入者債権の発行はインフラ整備が完了したとして、昭和58(1983)年に制度は廃止されています。

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