吉崎誠二の「データで読み解く、不動産市況のいま⑦」【マンション価格が上がると東京メトロに乗る人が増える?】

2017.12.18

経営・マネジメント

吉崎誠二の「データで読み解く、不動産市況のいま⑦」【マンション価格が上がると東京メトロに乗る人が増える?】

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「都心回帰」という言葉が1995年頃~2000年にかけてよく聞かれました。

都心回帰とバブル崩壊以降マンション供給について

1980年代後半、首都圏はバブル景気に沸き立ち、不動産価格は急上昇、23区内で住宅を買うことは一般のサラリーマンには厳しい時代になっていました。千葉県の郊外、埼玉県の郊外にニュータウン(団地)が多く造られました。東京都では八王子のさらに先、山梨県あたりに相対的に安価な一戸建てを求めて、多くの人が物件見学に訪れていました。
しかし、1990年~91年にかけて、バブルは崩壊。不動産価格は91年をピークに大幅に下落しますが、それでもその後2~3年はまだ高く、ある程度「買える金額」になったのは1995年頃からです。

東京都の人口は、1980年代後半から1995年頃までは、減少しています。今述べたように、「買うことができる」首都圏の奥地(失礼!)の住宅を買って、転居してする人が増えて、人口減となっていたのです。
しかし、1995年頃からは不動産価格も落ちつき、住宅は「なんとか、買える価格」になってきました。そんな時に、使われた言葉が「都心回帰」です。

1990年代の後半は、一時的に住宅価格が落ち着きましたが、トレンド的には価格下落基調でした。
このころから、再び東京都の人口は増えていきます。
2000年代前半は、企業がオフバランス経営に向かっていく中で、「使っていない不動産」「効率よく使っていない不動産」「コアビジネスに関係ない不動産」を売却(=オフバランス)し始めました。これらをデベロッパーが購入し、そこにマンションを建てました。また湾岸(陸地の海沿い)マンションが増えたのもこのころです。こうして、2000年代前半の東京都心は空前のマンション建設ラッシュが起こりました。

本論から道が逸れますが、「湾岸マンション」と呼ばれるマンションには2パターンあって、今述べた田町や品川あたりにある陸地に面した海沿い(大昔に埋め立てられた)にあるマンションと、豊洲や東雲などのような海に浮かぶ埋め立て島(少し前に埋め立てられた)に建つマンションがあります。

話を戻すと、1994年~2006年の13年間の間、首都圏では毎年7~8万戸程度の新築マンションが供給されています(最少:1998年6.6万戸、最多:2000年9.5万戸)近年が3~4万戸ですから、今の倍程度の新築マンションが供給されていたことになります。この期間以降、東京23区の人口は大きく増えました。

東京メトロの乗降客数とマンション価格の関係

2005年から2008年はミニバブルと呼ばれた頃です。その終盤あたりに、リーマンショックが起こり、不動産価格は低迷し始めます。首都圏の地価が上昇し、用地仕入れが難航し始めた2008年以降は供給戸数が一気に減り、3~4万戸程度になります。

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