「国内最小・超豪華高速バス」は誰がためにある?

2011.08.04

営業・マーケティング

「国内最小・超豪華高速バス」は誰がためにある?

金森 努
有限会社金森マーケティング事務所 取締役

 8月2日の日経MJに新型の高速バスが紹介された。今年4月から東京と徳島を結んで運行している、海部観光のマイ・フローラ。大型バスであるにもかかわらず、全12席と「国内最小」なのだという。誰が、どのような目的で利用するのか。そして、提供する企業の狙いはどこにあるのだろうか。

 航空機、高速バス、フェリーが戦う市場であるが、各々が本当に競合しているのかを、ユーザー視点でまずは検討してみる必要がある。
 前述の通り、企業は地方拠点を相次ぎ縮小しており地方への出張需要は増加している。徳島も例外ではないと思われるが、その時「格安」が使われるかは疑問だ。出張の予定は直前に決まることも多く、早期割引は使えない。かといって、労働環境の遵法性が重要視されている中、高速バスを使うと移動時間に50%増の深夜残業代を支払うことになって高くつく。所要時間約19時間のフェリーは論外だ。だとすると、企業が業務目的・会社負担で社員を移動させるというケース(BtoB)は「格安徳島交通路線市場」のターゲットになり得ない。あくまで「個人客(BtoC)」であると考えられる。
 では、その「個人」にはどんなパターンニーズがあるのだろうか。個人旅行者は旅行のスケジュールをかなり前から決めているだろう。故に、航空機の早期割引の利用が主となるだろう。しかし、航空機で最も早い到着はJAL便なら8:50着の朝便だが、羽田発7:40と空港までのアプローチを考えたらかなり辛いものになる。朝から行動したいなら前泊が必要であり、ホテル代がかかる。そうなると、限られた時間と予算を有効に使おうと思った時には、移動が深夜で早朝に市内に到着する高速バスが威力を発揮する。(フェリーは13:20着なので、のんびり派向き)。
 個人で見逃せないのが、「自腹帰宅派」だ。企業の地方拠縮小という流れもあるが、単身赴任者も残されているのも確かだ。単身赴任者には企業から月1回程度、週末、東京の自宅に戻る交通費手当が出る場合も多い。しかし、月2回程度帰りたいと、自腹を切る単身赴任者も多い。そうした「自腹帰宅派」にはどのようなニーズがあるのだろうか。

■「3C分析」で「自腹帰宅派」のニーズを浮き彫りにする

 顧客(Customer)に注目してみよう。ターゲットを上記の「自腹帰宅派」とした場合、まず、航空機の早期割引を使いたいところだが、週末も業務が入ってしまうため、なかなか思い切って予約を入れられない人も多いだろう。一方、高速バスはどうしても窮屈だ。金曜の夜、仕事を終えて土曜の朝に帰宅して家族サービスにいそしむ。また、日曜の夕食を家族で一緒にとって、月曜の朝には元気に出社するためには、「移動中の快眠」というニーズの充足が欠かせない。KSF(Key Success Factor=購入要因)は「航空機の早期割引と同等の価格で、時間が有効に使えて、快眠できること」である。
 競合(Competitor)の動きはどうだろうか。JR四国バスのドリーム号は9,800円に+2,300円でプレミアムシートが設定されていて、シート自体の仕様に大きな違いはなさそうだ。しかし、3列仕様であり個室的快適性はない。「もっと快適性を!」というニーズギャップはありそうだ。
 では、自社(Company)はターゲットのニーズをすくい取れるのか。活かすべき強みは何か。実は海部観光の会長は元バス運転手で、「いつかゆったり移動できるバスを作りたかった」というビジョンを持っていた(読売テレビのインタビューより)。その意味では、マイ・フローラの仕様は現場で顧客のニーズに長く触れてきた、会長ならではのビジョンの実現である。
 日経MJの記事でインタビューに答えている人が如実にそれを示している。<「他の交通手段よりも快適で熟睡できる」。7月の中旬の夜、東京駅近くで乗車した東京・江東区の男性公務員(40)は、今回が3度目の利用。座席にゆっくり横たわり、単身赴任先に向かった>
問題は、本当にそれで収益が上がるのかということだ。試算してみると、収益は12,000円×12席(満席)=144,400円。支出は、高速料金は20,800円。軽油はリッター127円として、距離870Kmを燃費リッター10Kmで走ったとして約11,000円。人件費は税込み年収400万円×法定福利費30%の乗務員2名が平均月15日乗務したとして1回(片道)あたり58,500円。原価合計約9万500円。粗利53,500円。
 試算にはバスの減価償却費と保険料を含んでいないが、他に固定費として大きいのは広告費だ。その点、「マイ・フローラ」で検索してみれば、多数のメディアに取り上げられていることと、口コミが多数発生している。また、海部観光には東京・徳島だけでなく多数の路線があることもわかる。つまり、マイ・フローラが収支トントンであったとしても、波及効果が大きいと考えられるのだ。

 今回は高速バス・海部観光のマイ・フローラを題材に、市場の環境→顧客とそのニーズ→競合優位と自社の戦略・ビジョン及び収益性との整合性を検証してみた。こうしたマーケティング分析のキモは、「詳細に分解して考えること」と「ターゲットとそのニーズを明確にすること」である。分析結果の正否は筆者の「勝手分析」であるため定かではないが、一連の流れを参考にしていただければ幸いだ。

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金森 努

有限会社金森マーケティング事務所 取締役

コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。

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