産業生態系の再生

2007.09.10

経営・マネジメント

産業生態系の再生

坂口 昌章

多段階で複雑な日本の繊維流通はデメリットの反面でメリットもあった。日本の商慣習を全面的に否定することは、日本の強みも否定することになる。異なる企業間の商取引をP2P型でシステム化し、崩壊しつつある産業生態系を再生できないだろうか。

1.日本の繊維産業は分業による生態系を構成
日本の繊維産業は複雑な分業構造と多段階流通が問題視されている。分業が余分な在庫や無駄を生み、繊維業界全体が高コスト体質になっているという指摘である。
 しかし、ビジネスの現場では、必ずしも一貫生産の商品が安いとは限らない。「紡績もの」よりも「産地もの」の方が価格が低い例も多い。複雑な流通構造にはメリットもある。在庫の貸し借り、仲間売り等による在庫リスク回避機能を有しているのだ。複雑だからコスト高、単純な流通はコスト安というのは、机上の空論に過ぎない。単純な流通構造でも、エージェントへの手数料や紹介料を支払えばコスト高になる。日本のように数%の口銭で信用取引されるという事実は、正確で低コストな業務処理能力に裏付けられている。
 分業構造による在庫の問題も、トヨタのかんばん方式が協力工場の部品在庫に依存しているように、在庫リスクを分散することがクイックな生産を可能にした。最近は流通が単純になり、誰もがリスク回避をした結果、追加生産がやりにくくなっている。
 生態系が食物連鎖で互いに影響を与えながら、絶妙なバランスの中で互いの生命を守っているように、日本の繊維産業も複雑で相互依存的な取引形態により、個々の企業の命を守ってきた。技術者は技術を追求し、商人は取引に専念することで、結果的に質の高い商品を日本の隅々にまで流通させていたのである。
 最近は、こうした日本独特の産業構造を否定し、分業は悪であり無駄が多いと決めつける傾向が強い。各企業が「創・工・商」の機能を持ち、自立することを奨励するのだ。しかし、職人に商売を強要することが本当に善なのだろうか。本当に良い商品を作ることができるのだろうか。そして、日本の津々浦々までその商品を行き渡らせることができるのだろうか。
 日本の繊維産業は単純系ではない。複雑系であるが故に、高い品質と技術を保ってきた。私は、日本の繊維産業においては、生態学的あるいは生物学的アプローチが必要と考えている。
 生物が命を保っているのは、絶妙な分業と互いのバランスによる。同じ遺伝子情報を持ちながら、身体の各部署の細胞は、それぞれの果たすべき役割を担う。細胞は互いに干渉しながら役割を決定しているのだ。生命体としての動物は脳により行動を制御されるが、脳が全てを支配しているわけではない。
 かつて、繊維流通は問屋が中核的な役割を果たしていた。アメリカの単純な流通理論が日本に上陸してから「問屋無用論」が提唱されたが、アメリカ型の単純な流通理論を、より複雑で成熟した日本の繊維流通には適用できなかった。
 現場の感覚でいえば、「問屋の存在」が悪いわけではない。グローバル化、IT化が進む中で、問屋が本来の機能を果たせなくなったことが問題なのだ。問屋の企画力、情報収集と分析力、在庫リスク力、物流能力、資金力等が相対的に低下し、流通支配力を失ったことが最大の問題である。流通のコントローラーが淘汰され、日本の繊維流通は混乱に陥った。そして、それは現在も続いている。

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