「生活を守り抜く」このキャッチコピーがなくなる社会に。

2009.08.24

ライフ・ソーシャル

「生活を守り抜く」このキャッチコピーがなくなる社会に。

寺西 隆行
(株)Z会 教室事業部特命職

公明党の「生活を守り抜く」というキャッチコピー。 …悲しくて、切ないのです。 大人社会が胸を張って、子どもに次を託していくために… このテのキャッチコピーが出ない世の中に、大人社会で生きる我々は、自身で道を切り開く姿勢が必要です。

◆本投稿記事は、毎日更新中のZ会ブログ
http://www.zkaiblog.com/histaff/
の話題を元に、本サイトの読者層に合わせた形で修正しております。

衆院選まであと1週間ですね。
なかなか政治に関心を持つ機会がないのが多くの人の現実でしょうが、今回は当日、多くの人がテレビに張り付くのではないでしょうか。

マニフェストをじっくり見るのは素晴らしい姿勢だと思いますが、マニフェストだけではなかなか各政党の違い、そしてそもそも書いてある内容がわかりにくい場合もあるかと思います。
それでも「わからないから選挙は行かないや」ではなく、一票投じましょう、有権者は。
わからないなら、わからないなりに、そのときに「なんとなくここが一番良さそうだな」と感じたその一票に、一生懸命考えた一票と価値付けに変わりはないわけですから。
機会は、みんな平等なんです。
注)もちろん、一生懸命考えることを否定するわけではありません。

さて話は変わって。公明党のキャッチコピー。

「生活を守り抜く」

です。

このコピーだけ見ると、思わず投票したくなる心境を掻き立てる…少なくとも公明党は、そう思ってこのコピーを持ってきたんだと思います。

でも、ちょっと離れて、あるいは時間を置いて見てください、考えてください、このコピー。
僕はなんだか、悲しいんです、これ。

守り抜く、という言葉は、日本社会での生活が「厳しくなっている(なり続けている)」という前提を背景にもって生まれる言葉ですよね。
加えて「維持できれば御の字」という国民が多い、とヨんでいるわけですよね。

政党自ら、この言葉を発するのは、気持ち的には止めて欲しいなあ…と思います。
注)公明党の施策や、僕自身の公明党の好き嫌いとは無関係であることを念のため断っておきます。

未来は明るい。

しっかりやるべきことをやれば。
政治も、行政も。国民も。

発する言葉の前提にある思想性は、こうであってほしいですよね。

また、ものすごく穿った見方をすれば…
「生活を守り抜く」のは国民にはできないでしょ、我々がやりますよ、という、国民の力を信じていないようにも受け止めることができます。

生活を守るのは、政治ではなく、自分自身。
そういう気持ちが共有できている社会の方が、活き活きとしているような気がします。

自身の幸せを、誰かの手に委ねられているって、悲しいです。
だから「俺を守ってくれよ!」とは、ほんとうに、ほんとうに、生死の問題になるほど困窮するまで、自身では発したくありません。

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寺西 隆行

寺西 隆行

(株)Z会 教室事業部特命職

幼児から大学生・若手社会人の教育に携わる(株)Z会にて、教室部門にて様々な開発に奮闘中。前任ではWeb広告宣伝・広報・マーケティングなどを担当。 ※本サイト投稿記事は個人の見解です。

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