「悪気はなかった行為」を咎め、人を責めすぎない方法の模索

2008.06.18

ライフ・ソーシャル

「悪気はなかった行為」を咎め、人を責めすぎない方法の模索

寺西 隆行
(株)Z会

秋葉原の事件の模倣犯が次々と逮捕されています。 21歳、17歳、そして13歳。 そしてありきたりの「こんな大騒ぎになるとは思わなかった」という反省の弁。 なんとかならないでしょうか? なんとかしたいものです。 抑止する一案を提示。軽はずみな犯罪~「アタマノワルイ犯罪」~を防ぎ、少しでも社会の損失を防ぐために。

まず、「刑法と同じ罰の適用」について。
刑法は罪刑法定主義の下作られており、罪刑法定主義の元になったのは、有名なハンムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」です。
この言葉は、よく復讐の意味をなすものとして捉えられがちですが、本来は「同等の懲罰」の原則、つまり、報復合戦の拡大を防ぐためにあります。

ということは、まだ自己が完全に確立していない未成年に対し、刑法と同じ刑罰を定めると…
未成年は必要以上に罰を受けたと感じ、さらなる報復へ走ろうとするような気がいたします。
つまり、「単なる掲示板でのお遊び行為」が、強めの罰を課すことにより、「お遊びで書いた行為の実現」に向けて向こう見ずに突っ走ろうという気持ちを誘発しかねないのではないかと思うのです。
これは社会的にみて、好ましくありませんよね。

次に、損害賠償を親に請求すること。
未成年に対する親の保護観察責任を考えれば当然のことのように見えますが…
親への嫌悪感情を持った未成年であれば、偽計業務妨害を行うことで親に責任をかぶせようという心の動きを見せても不思議じゃありません。
従って、安易に「子どもの責任は親の責任」と第三者が連呼すると、また次の事件が発生すると思います。
注)「子どもの責任は親の責任」と親自身が思う「責任感」と、「子どもの責任は親の責任」だからといって親に責任をとらせようとするのとは違うことを断っておきます。

いずれにせよ、未成年の場合は、その人自身を責めすぎても、社会形成上良くないような気がします。
注)教育に携わる私ですが、「子どもなんだから更生の余地を」という気持ちは(こと、悪事に対する罰則における考え方の中では)正直薄い方です。現代社会における「子どもなんだから」という気持ちには、甘えを生じさせる可能性の方が大きいと感じますので。あくまでも「好ましい社会を形成する」という観点から、未成年に厳しくあたるのはよくない、という立場をとりたいと思います。

しかし行為は咎めたい。咎めないと図にのりますから。
じゃあどうするか。こういうのはどうでしょう。

・犯罪を犯した人間の罰則は少年法に順じ、警察を含め公的機関を動かしてしまったことの損害に対する賠償は、大人になり働き出したときのお給料の中からの税金の比率を、子ども心にも「結構な負担だな…」と感じるくらいまで上げる。

・こんな仕組みがあるんですよ、ということを、子どものうちに「教育」の中で伝え、「軽はずみな犯罪」は将来における損、と、明確に「見える化」して教える。

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寺西 隆行

寺西 隆行

(株)Z会

文部科学省広報戦略アドバイザー 経済産業省「未来の教室」教育・広報アドバイザー 三島市GIGAスクール推進アドバイザー 等

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