さよならアイワ。

2008.05.20

経営・マネジメント

さよならアイワ。

金森 努
有限会社金森マーケティング事務所 取締役

先週のニュースであるが、「アイワ」ブランドがついに幕を下ろした。筆者は学生時代には同社製品であるヘッドホンステレオの「カセットボーイ」を随分長く、何世代か愛用していた。経済アナリストではないのだが、その思い出深いブランドがなぜ、消えてしまうことになったのか、一考してサヨナラの言葉に代えてみたいと思う。

アイワは1951年に愛興電気産業株式会社として創立され、1959年に商品ブランド名であったアイワ(AIWA)を社名変更。1968年に日本初のラジオ付きカセットテープレコーダーを発売した。そのラジカセ(”ラジカセ”は正式にはパイオニアの登録商標)は2万5900円と、当時の大卒初任給に相当する価格だったという。
その翌年1969年にソニーと資本・技術の提携をして子会社となったが、ラジカセの録音用機器の先進的な機能や製品を開発し続けた。
アイワというと、安価な商品を連想しがちであるが、上記のようにかつては「技術・品質・価格」のバランスがとれたメーカーだったのだ。

しかし、ラジカセ、ミニコンポなどの商品群がコモデティー化し始めた頃からその歯車が狂い始めたようだ。コモデティー化した商品は、先進的な技術や機能を組み込む余地が少なく、それを行ったとしても、だいたいは小手先の機能追加に留まってしまう。
その状況下で、同社は「アジア進出」に舵を切った。海外生産拠点へのシフトも早期に行い、90年代前半は、得意の「技術・品質」を「低価格」で提供できることを強みにアジア市場を席巻していたといえるだろう。親会社のソニーブランドの人気を上回る国もあったようだ。そして、アジア諸国で生産した商品を日本にも逆輸入して販売し、低価格路線でのシェアを築き上げていった。
だが、コモデティー品をアジアで生産して逆輸入するというビジネスモデル自体は参入障壁が低く、競合の追随が始まり、あっという間に業績が悪化してしまった。

2002年12月、ソニーはアイワを完全吸収合併した。ソニーとアイワは、両ブランドが「自主独立」を保ってきた。ソニーとしては動き方によっては独禁法に抵触しかねない分野もあったからかもしれないが、ともかく、両ブランドが技術的にも、商品開発やマーケティング的にも別々の歩みをしていたのは事実だろう。それは完全子会社化の前も後も変わらない。
しかし、「自主独立」にしては、合併以降もアイワの技術もマーケティングも、今にして思えば創業期から成長期に見られたような、「尖ったところ」がなかったように思えてしかたがない。

企業の市場におけるポジションを示すものとして、マーケティングの大家である、フィリップ・コトラーが以下の4類型を提唱した。

・全方位的に戦い、トップシェアを維持する業界の「リーダー」。
・技術やマーケティング、販売力などで差別化を図って攻撃を仕掛けることのできる「チャレンジャー」。
・リーダーに攻撃はできないにしても、独自の技術や市場セグメントによって生存領域を確保している「ニッチャー」。
・独自のマーケティングや技術開発などの投資を極力抑え、リーダー企業に追随して一定の売り上げ、利益の追求をする「フォロアー」。

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金森 努

有限会社金森マーケティング事務所 取締役

コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。

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