幸之助論について

2008.05.12

ライフ・ソーシャル

幸之助論について

猪熊 篤史

幸之助論は、松下電器の創業期からの経営や創業者である松下幸之助氏について学ぶことのできる良書である。幸之助論の感想を紹介する。

ゴールデンウィークに気になっていた「幸之助論」(ダイヤモンド社)を読んだ。2002年の創業時からソニー、ソフトバンク、ホンダ、トヨタグループ、京セラ、ファーストリテイリングなどについての本を好んで読み、経営モデルとして、また、経営者像として勉強させて頂いた。また、私の住む練馬区の図書館にあるビジネス書はほとんど読んだのではないかと錯覚するくらいビジネスや経営について関心を持った本を手当たりしだいに読んだ。松下電器についての本もいくつか手にした。また、その創業者である松下幸之助氏の著書にもいくつか目を通していた。

幸之助論の原書である「限りなき魂の成長―人間・松下幸之助の研究」は私の過去の講読図書リストの中に含まれていた。それは、幸之助論を読み始めてすぐに気づいた。幸之助論の著者であるジョン・コッターの名前は偶然手にした「リーダーシップ論」で知っていた。その後、リーダーシップ研究の権威であるコッターの蔵書は全て目を通していた。

新訳と知らずに購入した「幸之助論」は金井壽宏先生の監訳という安心感もあって読みやすかった。リーダーシップについて多くの本を読んだが、それらの整理に役立ったのは金井先生の「リーダーシップ入門」だった。

前置きが長くなってしまったが、幸之助論を読んだ感想を書きたい。

経営の神様と呼ばれる松下幸之助氏の人生は苦難に満ちていた。特に幼少時の父親の先物取引の失敗、家族の貧困、短い学校教育、9歳からの丁稚奉公、30歳を前にしての両親と7人の兄姉全員との死別、息子までも失うという悲劇は想像に耐えがたい。幸之助氏自身も病弱であり、会社経営の合間に療養を余儀なくされていたようだが、そんな苦悩に満ちた人生と引き換えに世界的な名声や財産を手に入れるのであれば、私はいらない。

父親は米相場で失敗したが村会議員も務めた比較的裕福な地主であった。父親の失脚後の貧困の中で幸之助氏は短い学校生活を経験する。幸之助氏の成績は決して良くなかったようである。それでも恵まれた資質を一部受け継いでいたのだろう。

火鉢店での3か月間の丁稚奉公を経て自転車店で6年近く働いた幸之助氏は戦略的な転職を試みている。自転車ではなく電気の可能性に魅力を感じていたようである。当時の新興企業である大阪電燈(現:関西電力)に転職している。そこで幸之助氏は管理者として頭角を現している。

幸之助氏は電灯ソケットを考案して、それを足がかりとして起業するが、上手くいかず生活に困ることになる。創業メンバーである2人の同僚は会社を去り、幸之助氏を支えたのは妻とその弟だけだった。幸運とも言えそうな仕事の受注やその後の会社の発展は成功物語として鑑賞することができるが、その陰で幸之助氏を支えた2人の貢献ははかり知れないものがあったはずである。

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