これまで数々のピンチのときに、漫画の力に助けられたと語り、現在、日本のポップカルチャー・コンテンツを世界に広げるべく活躍中の保手濱彰人さん。著書『武器としての漫画思考』(PHP研究所)がベストセラーとなり、今後は漫画を活用した、人財育成にも注力すると語る保手濱彰人さんにお話しを伺いました。 聞き手:猪口真
それが、本来の仕事のあり方であり、生物的にも合理的です。仕事を通じて相手に喜んでもらうことは、自分にとっても大きな喜びとなり、これを別の言葉で言い換えれば「やりがい」となります。仕事の本質的な目的は、数字を立てることや会社を大きくすることではありません。本来優先されるべきは人の心であり、精神です。橘玲さんの『無理ゲー社会』(小学館)には、なぜベーシックインカムがスイスで破綻したかの理由が書かれていますが、人間が日々の生活の中で最も求めているのは、自分が稼働することで得られるやりがいや喜びなんです。だから、ベーシックインカムによって、仕事が無くなり、やりがいを得る機会を失ってしまえば、うつ病のようになる人々が増えてしまうのは当然です。だから、社会構造上、やりがいをノイズとして排除している時点で、それは生命の本質に反している。僕からすると、合理化を追求しすぎると、このようにおかしな方向に制度が進んでしまい、大変危険があるなと捉えています。
僕らが「漫画思考」を通じて提供するプログラムは、人間の情緒や心理、そして「自分が楽しい、嬉しい」「関わる相手も楽しい、嬉しい」という、人間にとって一番重要と思うことを最重視しています。資本主義が行きすぎてしまったがゆえの、数字は上がるが生命の本質に反する価値観とは、一線を画すカウンターカルチャーとしてぶつけていきたいと思っています。
猪口 昭和のマネジメント理論の本には、「問題が起きたときは、ファクトと人の感情を切り離して考えろ」と書かれているものが多かったと思います。当時はそれが正論でしたが、今思えば、問題が起きているのに感情を切り離して考えられるはずがないですよね。
保手濱 おっしゃる通りですね。そもそも、出来事に対して「自分がこう感じている、こう感じた」「相手がこう感じている、こう感じた」というところまでを含めたものが「事実」です。まさに事実は人の数だけあるわけです。
ここからは僕の趣味の話になりますが、そもそも0も1も10も、そして四則演算も人間がつくり出した概念にすぎません。以前、「四則和算」という考え方を研究をしている、東大の先生に聞いた話があります。その先生によると、「1+1=2」というのも実は限定的な定義なのだそうです。たとえば、粘土の固まりを2つくっつけると、1+1=2ではなく、ひとつの大きな1になる。割り算も同じです。1を2で割ると、現在の四則演算だと0.5になって、総数が減りますよね。でも現実には、1の塊を割ると、小さい1が2個になるわけです。なのでこうした計算も、定義の仕方次第でいくらでも変わる。そして、四則和算の方が、むしろ生命の本質に近いというお話でした。
インサイトナウ編集長対談
2026.02.09
2026.02.24